小説 川崎サイト



投下

川崎ゆきお



 深夜の二時。沢村は自宅から自転車を出す。明かりの点いている窓がないかを確認し、自転車を走らせた。普通のママチャリだが後ろにもカゴを取り付け、引ったくり防止用のボックスカバーを付けている。
 沢村はランプを点けず、静かに自転車を進める。
 町内の道を抜けると一般道路に出る。たまに車が行き交うが、信号を気にしなくても渡れる。
 道路を渡ると別の町だ。特に変わったところはないが、空き地やマンションや、駐車場が多くなる。
 沢村の住む町内より荒れた雰囲気で、どこの誰が住んでいるのか分からない一帯だ。裏道を通り抜ける車も見かけられる。
 沢村は目的地まで来た。自転車で数分だ。
 その場所は道路脇にある。一番近い建物でも数十メートル離れ、物音に気付かれる恐れも少なく、たとえ気付かれても、十分逃げ切れる距離だ。
 怖いのは通行人ではなく、近所の視線だ。ここは盲点のようになっている。だからこそ沢村は選んだのだ。
 自宅からは近すぎるが、マンションやアパートが多い場所なので、よそ者か町内の人間なのかは見分けにくい。
 目的地には既にゴミが出されていた。その中に紛れ込ませればよいのだ。
 沢村はゴミ収集場所に自転車を止め、出来るだけゆっくりとした動作で後ろのカゴからビニール袋を取り出そうとした。
 そのとき、人影が現れた。歩いてこっちに来る。沢村はカゴカバーを戻し、通行人が行くのを待った。
 この時間、散歩やジョギングの人はいない。だから選んだ時間帯なのだ。それ以上遅くなると新聞配達と顔を合わせる可能性が高くなる。
 遅くまでやっている飲食店もある。その帰り道かもしれない。
 その通行人は沢村を無視し、そのまま行ってしまった。酔っ払っているのか歩調がゆるい。
 沢村は一気にビニール袋を地面に落とした。他のゴミの中に混ざったはずだ。
 慌ててはいけないと沢村は自分に言い聞かせるように、ゆっくりとした動作で自転車にまたがり、ペダルを踏もうとしたとき、ヘッドライトを浴びた。車がかなりのスピードで来ていたのだ。
 裏道を抜けて行くだけの車で、町内の人ではなかったようだ。
 沢村は大回りしながら、自宅に戻った。
 そして夜型の沢村は、朝にしかゴミが出せない町内に引っ越したことを悔やんだ。
 
   了
 

 
 

          2006年6月2日
 

 

 

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