小説 川崎サイト

 

手袋

川崎ゆきお




「手、冷たくない?」
 真冬、高田は自転車で走っていた。交差点ですれ違い際、見知らぬ男からそう声をかけられた。
 高田は厚着をしていたが、手袋はしていない。そのため、上着の袖を伸ばして手を隠していた。それが寒々しく見えたのだろうか。そうだっとしても、その件に関して声をかけられることは普段ないだろう。
 男はしっかり手袋をはめていた。黒くて分厚いものだ。
 男はアルミ回収でもしそうな雰囲気だが、自転車にそれらしいものは積んでいない。また、荷台にそれらしい紐もつけていない。従ってただの通行人だろう。老人のように老けている。だから、やはり老人だろう。
 高田より明らかに年長だ。そして、高田も似たような雰囲気がある。同業ではないが、似たような環境にあるに違いない。
 男が高田に声をかけたのは、この似ているということも関係しているのではないか。
 自分は手袋をしている。あなたもした方が暖かいよ。その違いはかなり大きいよ。と伝えたかったのだろう。
 または、この男は手袋を買ったのかもしれない。手袋のありがたさを言いたかったのだろうか。
 自分は手袋をつけているのだ、買ったのだ、ということを言い触らしたいのか。
 高田はそこまで深読みする必要はない。ただ単に親切で言ってくれただけだろう。
 その他、何があるのか。
「コミュニケーション」
 高田の出した次の解釈はそれだった。誰かに声をかけるだけでいいのだ。手袋はネタで、目的ではない。声をかけるきっかけとしての手袋なのだ。
 男は視界から見えなくなった。
 すると、この男は、合う人合う人にネタを作り声をかけていることになる。それも少し考えにくい。
 やはり、高田が寒そうに手を袖の中に引っ込めてハンドルを握っているためだ。
 つまり、手袋を買えと言う突っ込みがしたかっただけのことかもしれない。
 いや、そうでもないかもしれない。と、また解釈を高田は変える。
 きっと男は何かいいことでもあり、テンションが上がっていたのではないか。
 いずれにしても、高田はこの男からの声かけは嫌ではなかった。

   了


2010年2月7日

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