小説 川崎サイト

 

ラーメンと喫茶店

川崎ゆきお




 ショッピング街での話だ。
 上田はラーメンが先かコーヒーが先かを考えていた。
 直進するとラーメン屋、階段を上がれば喫茶店がある。
 夕方だ。腹も空いている。しかし、無性に減っているわけではない。
 決定できないまま上田は立ち止まってしまった。
「上田先生」
 昔の教え子が声をかける。
「えーと」
「鎌倉です」
「ああ、顔は覚えているんだがね」
「よく、お見かけしますが、なかなか挨拶できなくて」
「それはご丁寧に」
「気分でも悪くなりましたか」
「悪くはないよ」
「じゃ、これで」
「ああ、君ねえ。鎌倉君」
「はい」
「ラーメンが先かコーヒーが先か、君、どう思う」
「食事が先で、その後コーヒーかと」
「そうだよね」
「はい」
「でもね鎌倉君。先にラーメンを食べると、口がねちゃっとしてねえ。コーヒーがまずくなるんだ。それにラーメンを食べると、眠くなる。コーヒーの味はまあ我慢できるが、本が読めない」
「はあ」
「いやね鎌倉君。僕は喫茶店で本を読むんだ。コーヒーが目的じゃない」
「じゃ、コーヒーが先で、いいんじゃないですか」
「少しだけだけどね」
「はい」
「腹がすいているんだ。そんなときコーヒーを飲むと気分が悪くなることがある。まあ、その確率は低いのだがね。だから、先に腹に何か入れた方がよい」
「じゃ、やはり食事が先では」
「しかしね鎌倉君。うんとすいてはいないんだ。それに夕食にはちょいと早い」
「では、どちらが先でもいいんじゃないですか」
「君ならどうする」
「僕ならラーメンです」
「若いからねえ」
「じゃ、先生、これで」
 教え子は去っていった。
 上田は階段を上がることにした。コーヒーが先ということになる。
 その選択理由はラーメン屋より近いためだ。
 そして、上田はコーヒーを飲み、気分が悪くなった。
 数少ない確率だが、そんな時もあるのだ。

   了



2010年2月8日

小説 川崎サイト