小説 川崎サイト

 

民族衣装

川崎ゆきお




 駅前で異国の衣装でビラをまいている一団がいる。
 拡声器からイベントを知らせる文句が流れている。
 吉田は改札前でもうその文句を何十回も聞いた。待ち合わせている友人がなかなかこないためだ。電車は十五分間隔で到着する。今度も約束相手は乗っていなかった。久しぶりに会う探偵だ。きっと金を貸してくれという話だろう。
 民族衣装の一団は改札を向いている。そのため、吉田も見られていることになる。
「おい」
 横合いから急に探偵が現れた。もう到着していたのだ。
「どの電車で?」
「君がぼんやりしているだけさ」
「いや、君こそ僕にわからないように改札を抜けたんだろ」
「まあそうだが、あれが問題だ」
 探偵は民族衣装の一団のことを言ってるようだ。
「なにが問題だ。政治関係かい、あのイベントは」
「そうじゃない。あればイベントの告知じゃない」
「ビラを配っているじゃないか。この近くにあるホールだろ」
「イベントはあるだろうがね、あの連中は違う」
「え、なにが」
「見張ってるんだよ」
「あ、そう」
 吉田はとぼけた返答をする。
「特殊な人間がこの駅に到着する。それを見張っているんだ」
「改札は線路向こうにもあるぜ」
「それを確かめるため、僕は見に行ってきた。あちらはティッシュを配っていた。同類だよ」
「特殊な人間って、誰だよ」
「知らない」
「じゃ、なぜ特殊なんだ」
「見張っている連中が特殊だからさ」
「じゃ、どうしてそんな偽装して見張ってるんだ」
「見張っていることを悟られないようにするためだ」
「誰に?」
「見張りがいないかどうかを調べている先遣隊にさ」
「何かわくわくするなあ」
「それで、いつもの件だけど」
「いつ返してくれる」
 吉田は財布から紙幣を数枚出す。
「大きな事件が解決すれば、その報酬で返せる」
「その事件って、集団見張りの……」
「それは嘘だ」
「え」
「そうだったら、面白いなあ、という話さ」
 探偵はポケットに紙幣をねじ込んだ。
「少しは興奮しただろ」
「相変わらずだますのがうまいなあ。探偵より詐欺師に向いてるんじゃないかい」
「まあな」
 イベントのお知らせのテープが回り続ける。
 民族衣装の男女がチラシを行き交う人に手渡している。

   了

 


2010年2月9日

小説 川崎サイト