小説 川崎サイト

 

逃げる先祖

川崎ゆきお




 君原の先祖は木下姓で、君原はその血を継ぐ唯一の家系となった。君原家が木下本家を引き継いで三世代目になるが、木下と名乗っていない。
 と、言うようなことも君原の代になると忘れられていた。
 君原は単なる中小企業のサラリーマンだ。先祖が武士の家系は珍しくない。だが、大したメリットもない。
 君原が気になるのは武士として名を上げた戦国末期の二代目当主だ。功名を上げ小さいながら城主となった。
 ところが、この城主、敵から攻められあっさり逃げ出している。
 城主といえども家来だ。城を任されているだけの存在だ。雇われ社長のようなものだ。
 木下家は有力大名に仕えていた。死守せよ、援軍を送るから籠城せよと命じられているのだが、逃げ出している。
 それで落城したが、すぐに味方が奪還している。
 城主だった木下は切腹を命じられた。
 木下はここでも逃げ出している。
 有力大名とは縁を切り、別の大名を頼った。どちらの大名も戦国時代に滅びている。
 木下二代目当主は生き延び、明治維新まで小藩の小役人として代々仕えた。
 特に優れた人は出ていない。木下家で語り継がれているのは逃げ回った二代目の話ばかりだ。
 君原のお婆さんが木下家の娘だ。君原家に嫁いだので、もう木下家とは関係はない。だが、君原家そのものは代々百姓で、先祖もよくわからない。
 そして、木下家が絶えたため、君原へ嫁いだ娘が引き継いだことになる。他に縁者はいなかったようだ。
 しかし、サラリーマンの君原は、木下と名乗る気はない。なぜなら、君原の家を継がないといけないからだ。
 君原が木下家二代目が気になったのは、籠城シーンをテレビドラマでやっていたためだ。小さなエピソードとして、数分だけ城主として登場している。
 さすがに切腹を命じられ、逃げ出したシーンはない。なぜなら、木下家の話ではないからだ。
 君原は、それを見ていて、それでふつうだろうと思っている。
 逃げるだろうと。

   了

 


2010年2月12日

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