小説 川崎サイト

 

牛を見た

川崎ゆきお




 住宅地の中の狭くくねった道で、それは出現した。
 軽自動車がぎりぎり通れる道だが、道路標識もないことから、ただの路地かもしれない。余地にできた隙間道だ。
 そのため、地元の人か、その道沿いの人しか通らない。車が入り込むことはほとんどないが、道沿いに車庫があり、その家の車が出入りする程度だ。
 最初花村は自動車かと思った。茶色い車体が路地ふさぐように向かってくる。
 視力の衰えた花村は、茶色い固まりを適当に解釈していただけだ。つまり車だと。
 しかし、それは牛だった。
 牛がゆるりと歩いてくる。
 至近距離まで迫れば、さすがに花村も牛だと認識できる。
 農家の牛で、少し前までよく見かけた農耕牛だ。
 しかし、農家は残っているが、田畑はない。
「まだ牛が生きていたのか」
 花村は、農家の庭で飼われ続け、非常に長生きした牛が、何かの拍子で外に出てきたものと解釈した。
 目の前に来た牛は人に慣れているのか、警戒しない。
 花村が牛の進路を遮る形になる。
 花村はブロック塀に体をこすりつけるように避け、牛が通りすぎるのを待った。
 その路地は短く、すぐに市街地の道路に出る。
 牛はそのまま一般道へと消えていった。
 当然、このあたりで牛など飼っている家はない。
 では、どこから出てきたのだろう。沸きだしたとしか思えない。
 そして、牛はその後どうなったのかも花村は知らない。
 また、花村以外に牛を見た人もいない。
 花村は牛のことを人に話していない。ぼけたと思われるのが嫌なためだ。
 そして、最近別の解釈を考えついた。
 神隠しにあった牛だと。

   了



2010年2月17日

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