小説 川崎サイト

 

天ぷら探偵

川崎ゆきお




 探偵は今日も待ち続けている。
 それは、辺鄙な場所にある、たとえば山奥の村で起こった椿事だ。
 村には秘密があり、村人だけが知るところの社会がある。
 妙な儀式が年中行事化し、それにより村の秩序が守られている。
 そのため、村は余所者を拒絶する。たとえ旅人であってもだ。
 ただ、観光地ではないので、旅行者が訪れることはない。
 そういう閉鎖された村で、事件が起こり、表沙汰にできないため、村人は探偵を雇う。
 繁華街の裏側にあるアパートで、探偵は、そういう依頼を待ちながら、コンビニでバイトをしている。
 この探偵の能力は、草深き村で、旧家の争いに絡むような椿事が起きない限り、それを発揮できない。
 その夜も、バイトの帰り道、依頼者がアパートの玄関口で待っている姿を想像する。
 この依頼者は旧家の執事のような老人で、やっと依頼できそうな探偵を捜し当てたのだ。
 しかし、探偵は留守で、待つしかない。
 探偵がコンビニでレジを打っているなど露知らない。
 探偵はアパートにたどり着く。夜風が寒い。そのため、百均のアルミ鍋の天ぷらうどんを鞄の中に入れている。今夜の食事のすべてだ。
 天ぷらうどんとは名ばかりで、干しエビがわずかに見える程度だ。
 探偵はアパートの玄関で靴を脱ぎ、げた箱に入れる。スリッパはない。
 そして、もう一度玄関ドアを見る。半分開いている。
 だが、旧家の執事の依頼者の老人の姿は今夜もない。

   了



2010年2月19日

小説 川崎サイト