小説 川崎サイト

 

猫小屋

川崎ゆきお




「陰気な話だ」
 高橋はそう切り出した。
 話の内容よりも、高橋の喋り方が陰気だ。
 いつも陰気なトーンで話す。明るい話題でも話し方が陰気なのだ。それでは楽しい話でも楽しさが伝わってこない。
 だが、聞いていると、楽しい話であることは確かなので、話の内容が変化するわけではない。
「いつも陰気な話だけど、君はそういうのが楽しんだろ」
 聞き手の山本が冷やかす。
「世の中、手放しで喜んでいると、ろくなことはない。浮かれて足をすくわれる。油断が必ず起きる。僕はそれを警戒するあまり、冷静に語っているんだ」
「で、なにが起こったの?」
「長く開店休業状態の設計の仕事がきた」
「それは喜ばしいことじゃないか」
「長く設計図など引いていない。ソフトはあるんだが、使い方を忘れてる。厄介な話じゃないか」
「仕事が入ってよかったって、話だから、明るい話じゃないか」
「まあ、そうだけど、喜ばしい話じゃない。小遣い銭程度にしかならん仕事だ」
「何の設計なの」
「猫小屋だ」
「猫は家に住むんだろ。外で飼う猫かい」
「知らない。まあ、犬小屋と同じだと思うので、そのパターンで作ればいいんだが、本物の家じゃない」
「でも形は家に近く作るんだろ」
「外だと屋根がいるだろ。四角い箱でもいいけど、やはり屋根の傾斜は必要だ。雨樋までは必要ないがね」
「でも、家の設計に近いじゃないか」
「それはいいが、単発仕事じゃなあ」
「小さな仕事も引き受けた方がいいよ」
「また、ソフトから覚えないといけない。しばらく起動してないんでね」
「そう言いながらも本当は嬉しいだろ」
「瞬間的にはね。しかしそれで将来が安定するようなネタじゃないし」
「相変わらず、悪い方を見るんだなあ」
「何で猫小屋なんだ。犬小屋なら少しはましだ」
「違いがあるの」
「猫に小屋など必要かい」
「必要な飼い主もいるんだよ」
「段ボール箱でいいんだよ」
 高橋はその後も文句ばかり述べ続けたが、テンションは上がっているようだった。

   了

 


2010年2月23日

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