小説 川崎サイト

 

サーカス西部を行く

川崎ゆきお




「さーかすせいぶをゆくー」
 と、鼻歌をうなりながら自転車に乗った老人が通り過ぎていく。
 追い抜かれた吉田はそれを「サーカス西部を行く」と解釈した。
 西部とはアメリカの西部だろう。そんな映画があったように記憶している。
 きっと、走り去った老人も、その映画を見たことがあるに違いない。
 吉田は見た記憶はないが、映画のタイトルとして覚えていた。
 サーカス興業をアメリカの西部地方でやるのだろう。それでサーカス西部を行くだ。
 あの老人は西部を自転車で走っているわけではない。また、サーカスとは無関係だろう。
 吉田は「サーカス西部を行く」という映画が本当にあったかどうか確認していない。記憶とはそういうものだ。
 では、どうして思い出したのだろう。
 それは、歌かもしれない。あの老人の節回しに記憶がある。どこかで聞いたのだ。
 映画音楽をどこかで聞いたのだろうか。
 もしかすると、映画ではなく、海外ドラマかもしれない。その主題歌だろうか。
 しかし、あの老人は古いネタをまだやっている。
 何かいいことがあったのかもしれない。なぜなら、今まさにサーカスが西部を行ってるところなのだ。最中なのだ。
 すると、また一人吉田を追い抜いていった老人がいる。
 今度は「急げ幌場所、急げ幌場所」を連呼していた。
 その人も老人だった。
 これは別の映画だろう。サーカスの幌馬車ではなく、幌馬車が急ぐ必要のある西部劇での何らかのシーンだ。
 吉田ははたと気づいた。
 伝染だ。
「サーカス西部を行く」を、今の老人も聞いたに違いない。それで、自分も「急げ幌馬車」を出してしまったのだ。
 吉田も出し物を探した。

   了


2010年2月25日

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