小説 川崎サイト

 

リーダーの条件

川崎ゆきお




 大きな寺だが観光用に解放されていない。
 住職の寺田は本堂の縁に腰掛け、青年の話を聞いている。
 青年は檀家の家族で、寺田に人生相談の悩みを語っていたようだ。
 寺田は聞いているだけで、特に何も答えない。
「好きな仲間とグループを組むように……と、不意打ちを食らわされた。予想だにしていなかった」
 寺田が急に語り出す。
 青年は、最初何を住職が言っているのか、分からなかった。
「二十年間の話だ。小学校五年の時分だったかな」
 青年は、聞く体制を整えた。
「一番恐れていることだった。予測できれば、その日は休むつもりだった。立花という陽気そうな若い女先生だった。私は、この危険から脱そうと決め、立ち上がりかけたとき、村岡が先に立ち、腹痛を訴え、保健室へ逃げた。私と同じ苦痛を知る者だ。しかし、ここで村岡を失ったのは辛い。この難問を君なら、どう解く」
 青年は、それを難問だと思わない。
「好きな仲間でグループを組めだ。私にはそんな仲間はいない。友達もいない。それは前年の遠足の時、同じ事態が生じ、私は結局誰もいない場所で弁当を一人で食べた。一緒に食べてくれる同級生などいなかったし、また、探そうとも思わなかった。このときは草むらに逃げ込んだ。しかし、教室でこの攻撃を受けると逃げ場がない。村岡が先に逃げた。二人続いて保健室行きはまずい。その手は一回限り。素早く村岡が奪ったのだ。
 青年は、理解の外。別の世界のエピソードとして聞いている。
「やがて、生徒たちはグループを組み始めた。そんなことをしなくても、連中は最初から仲間がいるのだ。こう言うときのため、仲良しグループを作っておくべきだとは百も承知しておる。しかし、日頃からそんな行為ができるのであれば、適当な仲間ができていたはずだ。やがて、八組ほどのグループができた。そして、まだグループ化されていない生徒が何人かいた。その一人の田村も孤立組だが、そういうときは何とか潜り込めるグループがあり、そこへ近寄ることで、うまく吸収された。また、孤立していた四人がグループを組んだ。残るのは私だけだ。こう言うときの貴重な存在が村岡なんだ。その村岡はこの危機から無事脱し終えている。そして、一人だけ浮いた私を捉える女先生の目がきた。『寺田君、どこかに入りなさい』と、言われた。しかし、私の意志で入れるものではない。『誰か寺田君を入れてあげなさい』これが致命傷になった。どのグループも私を吸収してくれなかったからだ。
「それで住職、どうなりました」
「女先生とグループを組むという最悪の居心地の悪さを小一時間味わい、即早退し、三日間寝込んだ」
「はあ」
 言いかね、君の悩みは、リーダーとしての悩みだったが、こういう人間もいることを、肝に銘じるんだ」
「あ、はい」

   了


2010年3月1日

小説 川崎サイト