小説 川崎サイト

 

開かずの板戸

川崎ゆきお




 背筋がぞっとする。
 廃屋の廊下で、古い木造家屋だ。
「いや、首筋だろう。首筋がひんやりする」
 村田は廊下の突き当たりにある板戸の前で首筋に手を当てる。
「冷たい」
 その手が僅かに湿っている。
「冷や汗か」
 二枚の板戸はどちらも開かない。鍵でもかかっているのだろう。
「冷や汗なら額に出る」
 村田は冷静な判断を下す余裕がある。そうでないと幽霊屋敷の調査などできない。
「そうか」
 村田は板戸を二枚持ち上げ、そのまま鴨居から抜き取ろうとするが、上手く板戸が敷居から浮かない。
「冷や汗ではない」
 村田は合点がいったようだ。
 昨日雨で濡れたのだ。コートの襟の中までで雨を受け、それがまだ乾いていなかったのだ。
「なるほど」
 背筋などぞっとしていない。首筋がひんやりする理由が判明した。
 村田は板戸に耳を当て、音を聞く。
 ジージーと何かが聞こえるが、これは軽い耳鳴りだ。音が小さいので、いつもは聞こえないだけのことだ。
「開かずの間は分かるが、中で鍵をかけたのだから、当人も閉じ込められるではないか」
 この部屋の外はガラス戸で、そこも内側から鍵がかかっている。だから、鍵をかけた当人はどこから出たかだ。
「その当人が幽霊ということか」
 廃屋なので、いずれ取り壊される。持ち主は不動産屋だ。
 その前に幽霊のいる廃屋とはどんなものかと村田は調査を依頼された。酔狂だろう。不動産屋の親父の。
 その酔狂に付き合っている村田も物好きだが、報酬が得られるのなら、れっきとした仕事だ。
 外れない板戸は、まともに外そうとするから外れない。杉の板に桟が骨組みとしてあるだけだ。つぶしたほうが早いだろう。どうせ取り壊されるのだから。
 村田は体当たりを食らわしたが、板戸の弾力がそれを吸収する。
「斧か」
 こういうのは斧でたたき割るのが正攻法で、よく見る絵だと村田は感じた。
「しかし、斧はない」
 村田は何かそれに代わるものがないかと、廃屋内を物色する。
 餅つきの杵が見つかった。
 村田は赤穂浪士が吉良屋敷の門をたたき壊すシーンを思い出した。
 べりっと板戸に亀裂が入った。そこへ村田は体をねじ入れた。
 板戸は鍵がかかっていなかった。
 ガラス窓にも鍵はない。
 数年前あった地震で立て付けが悪くなっただけのことだろう。
 では、開かずの間だとか、幽霊がまだあの部屋の中にいるとかの噂はどうして出たのだろう。
 村田のその後だが、別にの体調を崩した……とかはない。

   了

 


2010年3月8日

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