小説 川崎サイト

 

義太夫語り

川崎ゆきお




「義太夫学校へ行ってたんだ」
「浄瑠璃かい」
「ああ、人形浄瑠璃だ」
「へー、あっそう。そんな学校あるんだ」
「君の学校はどうだい」
「義太夫はやってないよ」
「クラシックやってるんだろ」
「ああ、大学でね」
「辞めめようと思うんだ。義太夫」
「あっ、そう。悪いけど午後から学校なんで」
「えげつないんだよな。先生が」
「どこにもでいるんじゃない」
「人間国宝の弟子だそうだ」
「それが先生?」
「七十超えてる」
「お爺さんだ」
「毎日叱られてね。怒鳴るんだよ」
「浄瑠璃語りで叱るの」
「そこでは芸はしないよ。君んとこの先生はどう」
「外国のオペラ公演にも出たほどの人だから、まあまま厳しいかな。でも怒鳴ったりはしないかな。する先生もいるから、古典系は何処も同じなんじゃない」
「フォーク系へ行くよ。ミュージシャンのほうが自由そうだし」
「そうだね声楽より、いいかも。僕もそれを考えてる」
「そうだろ。封建社会だよ。縦社会だよ。長続きできないに決まってるよ」
「真面目に、地味に習ってる人もいるんじゃない。好きな人だと」
「そうだな。別に爺いの義太夫なんて聴きたくない」
「じゃ、どうして義太夫学校へ行ったんだ」
「定員割れしていてね、簡単に入れたんだ。次は落語を狙ってる」
「落語の学校はないだろ」
「漫才ならあるよ」
「君はお笑いに行ったらどう。別に学校に行かなくてもいいんだし」
「そうだね。伝統芸能は合わないよ。我慢できない」
「でも、じっと我慢して習ってれば、それなりに地位ができるんじゃないかい。長くやってる者ほど偉いような感じがあるし、芸が下手でも何とかなるんじゃない。漫才だと面白くなけりゃ、もう先はない」
「そうか、次は狂言か能へ行く」
「そんな学校あるの」
「弟子にしてもらう」
「義太夫と同じことになるよ」
「いいんだ、何かやってる振りが必要なんだ。でないと仕送りしてもらえないから」
「そうだね。題目がいるんだ」
「ああ、だから、ジャンルは問わずだ」
「じゃ僕、学校だから」
「あ、悪かったなあ」
「また、遊びに来てよ」
「明日にでも来る」
「あ、そう……」

   了


2010年3月10日

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