小説 川崎サイト

 

テーマ

川崎ゆきお




 ふと思うことがあったので武田は家を出た。家出ではない。散歩だ。
 しかし、近所を歩いていると不審者と間違われるので、都心部に出た。
 さすがに都会の雑踏では全員が不審者だ。
 しかし武田の服装は、都心部では浮いていた。寒いのでニット帽を頭に乗せている。耳まで隠れるので、防寒にはいいのだが、ここでは逆に目立つ。その帽子は烏帽子のように先がとがっている。
 武田はとんがりを手で押さえ込む。
 そして、ターミナル付近を適当に歩く。人の波に乗るが、かなりスピードが出ている。ゆるりとした散歩にはむいていない。しかし自分のペースで歩いていると後ろから押されそうになる。流れを止めてしまうからだ。
 それで、ショッピング街のフロアへ移動する。ここは溜り水のような場所で、川で言えば淵だ。流れは穏やかだ。
 ショーウインドウの前に立つ。文房具やアクセサリーがある。
 ショーウインドウ越しに店員の姿が見える。武田を見ているようだ。その服装から、客ではないと思っているのだろう。目つきが違う。
 まさかショーウインドウを割ってまで取ろうとする人間がいるだろうか。時計は安物だし、万年室も高級品ではない。派手な盗み方をするほどの値打ちはない。リスクが高すぎる。
 武田は視線が気になり、移動する。
 散歩が目的だ。何か考え事をしていたはずだ。
 ふと思うことがあって町に出たのではないのか。何を思っていたのかを忘れている。徘徊老人ほどの年ではない。
 テーマがあったはずだ。
 武田は家を出るとき、何を考えていたのかを思い出そうとした。
 数歩移動したところで、すぐに判明する。
 それは、テーマがないことだった。
 何をテーマにすべきかを考えるため、散歩に出たのだ。
 そのテーマに関して、ふと思いついたのではない。まだ、その手前のテーマが必要だという程度のレベルだった。
 だが、何のためのテーマなのかが曖昧だ。
 とりあえず、何らかのテーマが必要ではないかと、ふと、思っただけのようだ。
 
   了


2010年3月13日

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