小説 川崎サイト

 

会社で私小説を書く男

川崎ゆきお




 私小説を書き続けている作田は、サラリーマンだ。
 毎日パソコンで事務作業を行っている。
 私小説なので私事を書く。特に作田の場合、その濃度は強く、ほぼ日記のような内容だ。
 作田の家には書斎はない。また、小説を書くための机もない。四人家族で狭いマンション住まいなので、自分の部屋さえないのだ。
 そのため私小説は会社で書いている。会社のパソコンの中に書斎があるのだ。
 同僚はファイル共有とか、ファイル交換とかのソフトで遊んでいる。
 だから、作田が私小説を会社で書くのは罪の軽い話だ。
 だが、作田の書斎は会社のパソコンではなく、ネット上の小部屋にある。そのため、決して社内に書斎があるわけではない。
 また、私小説を書くためのワープロも、ネット上のアプリケーションを使っている。決して会社のソフトを使って書いているわけではないのだ。ただ、日本語変換だけは、こっそり愛用のソフトを入れている。会社のパソコンにインストールされている日本語変換ソフトは使いにくいからだ。
 作田はもう十年以上、会社で私小説を書いている。そして、こっそりブログにアップし、そこで発表している。
 ある日、ブログにコメントが付き、妙なツッコミを入れられた。
 それは、作田の小説は私小説で、プライベートな日記のようなものなので、これは小説とは呼べないのではないか、と言うようなお定まりの内容ではなかった。
 そのコメントには、会社で私小説を書いているシーンが出てこないのはなぜかというものだった。
 何を食べたとか、何処へ遊びに行ったとかは書けるのに、会社内で私小説を書いていることだけは書けない。
 だから、次は会社内で私小説を書いているシーンを書いてくれ、とのことだ。
 なるほど、気がつけば、それだけはさすがに書けなかったと、作田は思う。やはり罪悪感があり、証拠として残るので、避けたかったためだろう。
 しかし、作田が私小説を会社のパソコンで書いていることを、どうしてこの読者は知ったのだろう。一度もそれに触れるようなことは書いた覚えがない。
 作田はオフィスを見渡した。
 
   了
   

   


2010年3月17日

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