小説 川崎サイト

 

応接セット

川崎ゆきお




「雰囲気というのがあるねえ」
「どうかしましたか」
「いやね、ちょっと妙な雰囲気のある場所があってね」
「出ますか」
「幽霊は出ないだろう。出るかもしれないが。それにそっちが出るような雰囲気じゃない。もう少し外向きだ」
「外向き」
「内にこもっていそうなんだが、外向きなんだ。その場所は」
「どんな場所ですか」
「私がいつも寄るコンビニ近くでね。自転車をそこで止めるんだ。そのとき目に入るんだよ。その建物が。古い。かなり古いおんぼろビル。雑居ビルかな。その一階が妙なんだ。まあ、雰囲気があるというか」
「よく分かりませんが」
「一階に出入り口があってね。しかし、それはビルそのものの玄関じゃない。ある一室への出入り口だ。その一室はよく見えてる。外からでも。四畳半ほどの広さ、いやそれより狭いかもしれない。テーブルが一つ部屋の真ん中にあって、椅子が三つほどあるかな。四つかもしれないが。そこまで確認していない。テーブルや椅子は古いものだ。決して高級家具じゃない。しかし応接セットだろうね。きっと」
「待合室じゃないですか」
「いや、その部屋しかないと思う。応接室だけの部屋なんだ。奥にドアがあるかどうかは分からない」
「それが何か」
「いや、だから、雰囲気なんだよ。具体的に妙な部屋だというわけじゃない。ただ、昼間は閉まっている。夜中に明かりがついてる。玄関は観音開きで、半分開いてる。窓もあるので、中はよく見える」
「はい」
「年寄りが座り、煙草を吸っているのを見たことがある。喫煙室じゃないよ。きっとね。また、別の夜は二人ほど人影があった」
「うーん」
「つかみ所のない雰囲気だろ」
「そうですねえ」
「きっとこの部屋は空きテナントなんだ。事務所のあとなんだろう。蛻の殻になっているところに、誰かが応接セットを置いたんだろうね。いや、これは想像だよ。だって、応接室だけのテナントなんて一体何のためにあるんだ」
「要するに雑居ビルのオーナーが、自分の休憩室として使っているんじゃないですか」
「それがね、コンビニの親父に聞くと、よく買いに来るお婆さんが休憩で、あそこで座ったことがあるっていうんだよ」
「じゃ、フリースペースようなものじゃないですか」
「これはきっと正体を知ると、面白くない話になる。だから私はあえて調べようとは思わない。だって、コンビニへ寄ったとき、そこを見るのが楽しいから」
「得たいが分かると雰囲気も変わると」
「そっそっ」
 
   了
   
 
   


2010年3月20日

小説 川崎サイト