小説 川崎サイト



魔の薮

川崎ゆきお



 夢に出てくる薮がある。
 俊雄はその場所をよく知っている。よく通る場所だが、もうその薮はない。
 子供の頃、薮があったことをその夢で思い出した。
 薮は農家の敷地にあり、農道に沿って続いていた。
 農家の庭の中にある竹薮だが、枯れかかった白い木もあった。
 夏の日、その白い木にとまっている油蝉を捕った記憶がある。
 俊雄は夢を見た翌日、その場所へ行ってみた。と言うより散歩で、その前をよく通るのだから、足を向けたのではなく、薮を意識するだけの手間でよい。
 農家は建て替えられ、薮のあった場所はモータープールになっていた。いつもの風景がそこにあるだけなのだが、踏み込めない薮があった場所なのだ。
 あの薮の中に何があったのかは分からない。土手のように、土が盛ってあり、朽ち果てた農具や桶とかがあったような気がする。
 それは大人になってからの記憶で、その頃はあの怖い薮のイメージは消えている。
 夢で見た映像は小学校に上がる前だろう。当然薮も白い木も大きく見えていたはずだ。
 俊雄は白髪が混じる年になっている。なぜこの時期に、あの薮の夢を見たのかが気になった。
 俊雄は薮の中だった場所に立った。車は止まっていないし、柵もない。
 少し離れた場所に大きな家がある。もう農家ではないので、広い庭はいらないのだろう。
 俊雄はそこに立つことで夢のお告げでも聞こうとしているのだろうか。
 定年後、何をすればよいのかが分からないまま、数年になる。その答えが聞きたいのかもしれない。
 いつのまにか俊雄の横に子供がいた。近所の子供だろうか。まだ幼い。
 見覚えがある子供だ。子供のころ見た子供だった。
「坊や」
 俊雄は子供に話しかけた。
 子供はきょとんとしている。
 俊雄は懐かしさが込み上げてきた。この子と昔遊んだ覚えがある。
「坊や!」
 俊雄の様子を主婦や腕章を付けた老人が遠巻きに監視していた。
「あの人、誰と話してるんでしょうね」
「さあ」
 
   了
 




          2006年6月6日
 

 

 

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