小説 川崎サイト

 

ダミーオフィス

川崎ゆきお




 上田は職を失った。
 就職活動はしているのだが、なかなか決まらない。年齢で落とされているのは薄々だが気づいている。若禿ではないが、髪の毛も人よりも薄い。
 一応朝から家を出る。ビジネスバッグを持ち、ビジネススーツ姿で。
 それで夕方まで帰ってこない。
 就職活動をやっているように家人には見せている。
 だが、面接へいくわけでもない。それ以前の段階で落とされるためだ。
 では朝から夕方まで、上田は何処にいるのだろう。
 その場所はビジネス街にある雑居ビルの一室だ。かなり広いフロアだ。向こうの柱がかすんで見えるほど広い。
 上田はそのオフィスにテーブルを持っているのだ。
 毎日来るようになってから、そこは上田の席になっていた。
 このフロアはあるボランティア団体が借りているものだ。
 行き場を失った人たちのたまり場となっている。フリースペースのようなものだが、横の繋がりはない。交流もほとんどない。
 入り口にはタイムカードもある。普通のオフィスとかわらない。
 ここで上田は会社に行っていた頃と同じ作業をやっている。儀式と言ってもよい。机はあるが仕事をしていない。
 隣の男はきっちりとしたスーツ姿でノートパソコンを開け、なにやら作業している。ネットで仕事先を探しているようなのだが、ほとんどの時間は動画を見ているようだ。
 上田はもう役に立たなくなったシステム手帳を眺めている。予定を書いてはいるものの、三十分単位の欄を細かく埋めることは不可能なので、漢字の練習をしている。
 ある日、上田は係長に任命された。部下は三人だ。新しく入ってきた人の上司だ。
 しかし、誰も仕事をやっているわけではない。そのため、一度挨拶しただけで、その後の接触はない。
 半年後、上田はオフィスのキーを持てるようになった。朝一番に来て、まだ閉まっていることがるためだ。そして夜半まで一人で残ることがあり、戸締まり係でもある。
 一年後課長に昇進した。
 しかし、何かこれといった仕事をしたわけでもない。当然給料も出ていない。
 その後景気が回復し、再就職できたという話も聞かない。
 
   了
   

 


2010年3月30日

小説 川崎サイト