小説 川崎サイト

 

あるスペース

川崎ゆきお




「マスターの吉田さん、僕のこと嫌いなのかなあ」
「どうして」
「最近愛想が悪いんだ。以前のように話しかけてくれない」
「マネージャーの黒田さんと親しく話していたじゃない」
「僕がですか」
「すごく盛り上がっていたような」
「ああ、郷里が近くて、名物和尚さんがいる寺の話で盛り上がっていたんですよ。それだけですよ」
「それで、マスターが気を悪くしたんだよ」
「え、どうして。ここはそういうフリーにいろいろな人と話せる場なんでしょ。それにマネージャーさんなんだから、ここの人だし」
「あの二人、仲が悪いんだよ。だから、マスター派とマネージャー派に分かれているんだ。君はマネージャー派だと思われたんだろうね」
「だから、郷里が同じで、話をしたのは、それだけですよ。出身地で派閥ができるんですか」
「そんなことはないが」
「でも、居心地悪いですよ。マスターがそんな目で見ているなんて、誤解だし」
「じゃ、君はマスター派かい」
「ここはマスターの吉田さんが主催している場所だから、その関係からいけば、マスターと仲良くするのが普通でしょ」
「だったら、マスター派なんだな」
「そういうことになるかなあ。それで普通でしょ。主催者と仲良くするのは当然でしょ」
「でもね、ここの運営費、マネージャーの黒田さんが調達してくるんだよ。スポンサーからね。だから、実質的には黒田さんがオーナーのようなものだよ」
「そうなんですか」
「だから、みんなマネージャーには一目おいている。ここを続けるためには黒田さん抜きには考えられない」
「じゃ、マネージャー派の方がいいんですか」
「それは君が決めることだ」
「あなたは何派なんです」
「私か?」
「そうです」
「中間だよ。このポジションは実に難しい。三年かかったよ」
「他のメンバーはどうなんです」
「初心者はマスター派で、一年ぐらいでマネージャー派になる。そこから抜け出し、中間派になるのが、ここでのコースだ」
「コ、コース」
「フリースペースはねえ。自分の座るスペースがない。フリーだ。だからこそ、定位置を得るのが仕事なんだ」
「そうですねえ。中間派だと、フリーな立場で発言できますよね」
「そういうことだ」
 
   了
   
   

 


2010年4月3日

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