小説 川崎サイト

 

風邪の日の自転車

川崎ゆきお




「風邪を引いていたことは意識していたので、きっとそのせいだと思うんだけど」
「はい」
「自転車で走り出すと、凄く速いんだよ。ペダルが軽くなったわけじゃない。家からコンビニまでの道なんだ。坂はない。いつもよりスピードが出ているんだ。追い風でもない」
「あ、はあ」
「何だと思う」
「さあ」
「しかし、所要時間は同じだ。はかったわけじゃないけど、五分で行けるところ四分で行けたような感じない。逆に少し時間がかかってる」
「不思議ですねえ」
「答えは最初に言ったとおり、風邪を引いていたんだ。ここに因果関係を感じる」
「それが風邪の症状だと」
「うん、そうなんだ。これは以前にもあったから、きっと、合ってる。風邪のせいなんだ」
「病気の風邪ですよね。吹いている風じゃなく」
「そう」
「スピードは速く感じられ、しかし、実際にはそんなにスピードは出ていない。そういうことですね」
「それは、風景の見え方に原因があると思うんだ。齣落しの映画を観ているようなものかな」
「齣落しって、ぱっぱっぱって早く動くあれですか。無声映画時代の映画のように齣数が少ない」
「だから、風邪を引いているときは、自転車のスピードも速いし、歩くのも速いんだ。だが、決して速くはない。それは、中間の齣が目に入らないためだ。省略されているから速く感じるんだ」
「それがどうかしましたか」
「いやね、誰かに話したくてね」
「ああ、そうなんですか。了解しました」
「じゃ、今日はこれで」
「もう、いいですか」
「ああ、もう話したから十分だ」
「あのう」
「何かね」
「話し代が滞納しているのですが。大丈夫ですか」
「末締めだったね。来月一緒に払うから」
「はい、分かりました。また、お電話お待ちしています。今日はご利用ありがとうございました」
 
   了
   

  


2010年4月5日

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