小説 川崎サイト

 

床春

川崎ゆきお




 床春。
 それは落語家の名前だ。
 今年五十になり、内弟子で入った頃の師匠の年齢に達した。床春は弟子を取っていない。まず弟子になりたいと訪ねてくるものがいない。また来たとしても面倒を見るだけの経済力もない。
 床春の生活は三十年前と変わっていない。
 師匠は業界四天王の一人だが、それほど人気はない。四番目の王なのだ。
 床春は上位の弟子だ。
 タレント養成学校のようになってしまっている一門より、玄人筋での評価は高い。
 しかし、落語だけの収入はわずかなもので、それだけでは食べていけないのだ。
 四天王の二人は既に世を去り、残るは二人だが、床春の師匠は一番若いだけあって、未だ現役だ。しかし、師匠も売れていない。テレビ嫌いと思われていたのだろう。落語でテレビに出るのはいいのだが、落語以外のタレント業で出るのは如何なものかと思っている。これは師匠の本意でないことを床春は知っている。師匠はタレント向きではないのだ。
 床春のようなポジションの落語家が意外と多くいる。それは、四天王が多くの弟子を取ったため、落語家を量産してしまったためだ。
 そのため、五十六十と年だけ取ったベテラン落語家がうじゃうじゃいた。
 四年に一度テレビ出演の機会がある程度では知名度の上がりようもない。
 テレビでよく見かける落語家と何かの寄り合いで顔を合わせることがあるが、住む世界がはっきりと違う。マネージャーやお付きの人を引き連れている。
 たまにある落語会も床春は自転車で楽屋入りする。四天王の上位の弟子が、夜中コンビニでバイトしているのだ。
 幸い知名度がないので、客の視線を気にする必要はない。
 若い頃は放送局から呼ばれるのではないかと期待したのだが、タレント性がないのだろう。呼ばれることはなかった。そして、これからもないだろう。
 ある評論家が酒の席で床春の芸は万年床の春を連想させると語っていた。
 特に意味はない。
 
   了
   
   
  


2010年4月11日

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