小説 川崎サイト

 

小島の雨

川崎ゆきお




 松林に入り込み、雨を避けた中村は、前方に広がる海を見た。別にそれを見るために松林に入り込んだわけではない。あくまでも雨宿りだ。
 雨降る海は色落ちした色の海と島影が見える。
 旅先なのだが、観光のためではない。彷徨っているのだ。つまり、精神的徘徊場所として、適当な僻地を選んだ。
 観光地はハレの場だ。それと中村の心情とは一致しない。できれば避けたい。と言って鬱陶しい場所、暗い場所へも行きたくない。
 雨の小島。小島の雨。なんと叙情あふるる風景だろう。こういうのが見たかったのだが、狙ってきたわけではない。雨は偶然だ。
 春の雨、春の海。緩い春雨が風景をぬらし、しめらせている。
 寺か神社でもよかったのだが、意外とそこで今風なもの、現世的なもの、現実的なものを見てしまう恐れがあった。
 できれば、自然の風景が好ましかったので、山か海でよかった。
 しかし山は登る必要があるし、ごちゃごちゃしている。その点、海はすっきりしている。辺鄙な海岸なら漁船ぐらいしか浮いていないだろう。
 中村が得ようとしたのは、昔と変わることなくずっとずっと残り続ける風景だった。町ではそれは期待できない。
 霞んで見える小島を見ながら、中村は、これを見たかったことにしてもよいと考えた。
 おそらく千年前も、こんな風景だったに違いない。地形が変わっていなければの話だが。
 だが、中村が入り込んだ松林は植林のようだ。風よけかもしれないし、昔の街道で、日よけの松並木かもしれない。
 まあ、それぐらい時代が遠いと、人の手が加わっていても問題はない。
 中村は変わらぬ風景を一応見た。情感も沸き、心持ちも穏やかになる。遠くのものへ汚れた気持ちをアースしたようなものだ。
 海沿いの民宿に戻ったとき、熱があった。
 風邪を引いたのかもしれない。
 その熱で頭がぼんやりした。
 旅先で病むのも、一つの憧れだった。
 三日後、町に戻り、日常がまた始まったのだが、精神的な変化は何も起こらなかった。
 
   了
   
  


2010年4月13日

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