小説 川崎サイト

 

コーヒーを飲む幽霊

川崎ゆきお




「いつも喫茶店に来ている常連のお爺さんなんですが、実は亡くなられていましてね。三日前の話なんです」
 妖怪博士は黙って聞いている。
「じゃ、あの日来ていたお爺さんは、もうそのとき亡くなられていた……となって、ぞっとしたわけです」
「あなたはその喫茶店の客ですかな」
「はい、そうです。私もそのお爺さんとよく顔を合わせていました」
「三日前とは?」
「お爺さんが来た日の三日前です」
「じゃ、二日前は?」
「二日前?」
「亡くなられてから三日後に店に来たのですかな。そのお爺さん」
「はいそうです」
「じゃ、二日前は?」
「その日は来ていなかったようです。私も毎日行ってるわけじゃないので」
「店の人は知っているでしょ」
「来ていなかったのではないでしょうかね」
「じゃ、そのお爺さんは、どんな頻度できていたのですかな」
「ほぼ毎日です」
「店の人も、そういってましたか?」
「はい」
「じゃ、亡くなられて三日後、喫茶店に来ていたのですね。あなたも目撃したのですか」
「はい、見ました。特に気をつけて見ていたわけじゃないですが、いましたよ」
「三日前に亡くなられていたのだから、そのお爺さんは幽霊と言うことになりますなあ」
「そうでしょ。だから、相談に来たのです」
「で、そのお爺さん、コーヒーを飲んだのですかな」
「飲んだと思います」
「店の人はどういってます」
「いつものように来て、コーヒーを飲み、煙草を吸って、新聞を読んでいたらしいです」
「コーヒーはなくなっていたのですね」
「はい、残っていれば、目立ちますよ」
「幽霊はコーヒーは飲めないです」
「はあ?」
「だから、その話は眉唾ですよ。もう一度店の人に聞いてみたらいいです」
「でも、よく聞くじゃないですか。亡くなった人が、知り合いの所に現れるとか」
「それはよく聞く話で、事実かも知れんが、幽霊はコーヒーは飲めん」
「はあ」
 その翌日。
「コーヒーはそのままだったらしいです」
「喫茶店へ行くより、そのお爺さんの家を訪ねた方がいい。生きておるはずじゃ、そのお爺さん」
 その翌日。
「いました。生きていました」
「あなた、からかわれたのですよ、喫茶店の人に」
「はあ」
「まあ、軽い冗談でしょ。言ってみただけの」
「でも、どうしてそれが分かったのですか」
「幽霊はコーヒーが飲めないからですよ」
「なるほど。それで、お爺さんなんですが、お金がなくなって、もう喫茶店代が払えないから、行かなくなったらしいです。ぴんぴんしてました」
「命はあってもお金がない。お足がないから、まあ、幽霊でしょうなあ」
 
   了
   

  


2010年4月15日

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