小説 川崎サイト

 

陽気な罠

川崎ゆきお




 ある晴れた春の日のことだ。
 山田は久しぶりに外に出た。
 桜の花が咲き、春爛漫を絵にしたような風景だ。いつも陰鬱な歩道も今日は明るい。
 花が咲いているだけで、景色が明るく見えるのだ。
 山田は薄暗い部屋に引き籠もっていたので、この明るさは眩しいほどだ。
 真冬のコートが暑い。
「そろそろ何か始めるかな。春だし」
 珍しく山田は積極的な気持ちになっている。単に天気の影響で気も陽気になったのだろう。
「そろそろ働かなければ」
 やっとその気になったようだ。
 歩道の桜並木が途切れる場所に来る。
 すると、陽気な気分が少し陰る。
 やがて、空模様がおかしくなる。
 やや雲が多くなってきただけで、まだ空は明るい。
 山田の足取りがやや重くなる。
 分厚い雲が出ており、その雲は真っ白ではない。その一部が灰色がかっている。
 さらに山田は歩く。
 灰色の一部が黒に変わろうとしている。
 その雲がかかり、日をふさいだ。
 山田の気持ちも鬱ぎだした。
 何処まで歩いたのだろうか。
 かなり遠くまで歩いてきた。
 雨雲ではないものの、雲の黒い箇所が気になる。
「そろそろ働きに出ないと」
 今度はやや気合いが低い。
 風が出てきた。
「ただの気分の問題か。気のせいか」
 山田は引き返す。
 気分が落ちていく。
 春の陽気も、山田の助けにならなかったようだ。
「危なかった」
 部屋に戻った山田は、陽気な気になったことを恥じた。
「陽気な罠に乗るところだった」
 山田は薄暗い部屋の万年床に入り込む。
「勘違いしないように注意すべきだ」
 山田は穏やかな顔で、寝入りだした。
 
   了
   


2010年4月18日

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