小説 川崎サイト

 

風景が変わる

川崎ゆきお




「風景が精神に変化を与えるのか、それとも精神が風景に変化を与えるのか、先生はどちらだと思いますか」
「何だね、それは?」
「数年前の風景と、今の風景とが違って見えるのです。その風景は同じものです」
「だから、精神が風景を変えるということかね」
「はい、気持ちが風景を変えてしまう例です」
「それはいいが、あまり実用的な意見じゃない」
「研究材料としては十分実用性が高いと思いますが」
「それは実学ではない。あまり役に立たんでしょ。そういう話は」
「でも、研究には」
「それは、研究のための研究だ。まあ、それも悪くはないのだが、もう少しダイレクトに役立つようなものが欲しいね」
「たとえば」
「自転車のアップハンドルと低い目のハンドル、どちらが楽かのようなね」
「ああ、なるほど」
「風景がどう見えようと、あまり関係はない。精神的なものが作用し、風景が違って見えるというのは、何処で役立つ?」
「認識の問題で、役立つのではないかと思うのですが」
「それは心理学の問題かもしれないが、実験しようがない。だから、扱いにくい」
「じゃ、どのジャンルでしょうか?」
「それは、文学だ。芸術や哲学のジャンルだろうね」
「風景の見え方を研究し、発表したいのですが」
「じゃ、ブログで日記でも書けばよろしい」
「に、日記なんなんですか」
「個人的に、何かを思ったとかのレベルのためだ」
「心の科学としての貢献度はあると思うのですが」
「えっ、何が」
「ですから、気持ちの持ち方で風景が変わるのであって、風景が気持ちを変えるのではないと」
「しかし、気持ちのよい景色を見れば、心も変わるだろう。変化するのじゃないのかね」
「そういう場合もありますが、僕が体験したのは、同じ風景なのに、同じように見えない。気持ちの違いで風景の見え方が違うと言うことです」
「君はどんな風景を見たんだ」
「ですから、風景じゃなく、気持ちが変わったら、風景が変わったのです」
「風景は変わらんよ。それは、君の感じ方が変わっただけのことだ。当然のことじゃないか。同じ山を見るにしても、子供の頃に見るのと、大人になってから見るのとでは違うだろう。しかし風景が変わったとは言わない」
「はい」
「言い方の問題でね。だからそれは文芸なんだ。だから、日記にでも書いてなさい」
「分かりました」
 
   了
   


2010年4月20日

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