ある見舞い
川崎ゆきお
「どうした、風邪かい」
フリーターの高橋が、会社員の尾上の部屋を訪ねている。
尾上は布団の中ではなく、ホームゴタツに入り、テレビを見ていた。
「いいのかい、起きていて」
「ああ、喉ががらがらしてるのと、微熱があるんだ。それでしんどい。昨日、無理して出社したのがまずかったようだ」
出社という言葉にフリーターの高橋は少しだけいやな顔をする。
「大変だね。正社員も」
「いやいや」
「それより、心配してるんだ」
「体調をかい」
「それもあるけど、風邪でも何でもいいんだけど、そういうことで会社を休むと……」
「点数が悪くなるか」
「そうじゃない」
「何だろう?」
「行きたくなくなる」
「えっ、どこへ、病院か」
「会社」
「どうして」
「何となく、そう思っただけ」
「君とは違うよ」
その言葉で、また高橋はいやな顔をする。結構神経質な男のようだ。そして、顔に出るタイプなのだ」
「いいだろ。こうして、のんびり部屋にいると」
「だから、その発想がよくわからないんだ」
「あ、そう」
「風邪だから会社を休んだだけで、明日治っていたら会社へ行くよ」
「それは、心からの発言かい」
「当然のことだと思うけど。別に考える必要はないし、当たり前の話だろ」
「まあ、そうだけど」
「何が言いたいんだい」
「いや、そのね、魔がさすとかがある。心の隙間が」
「何の話?」
「いやいや、思い当たらなければいいんだ」
その翌日、高橋はまた、尾上の部屋を訪ねた。
「いるじゃないか」
尾上が出てきたので、驚いたような、うれしいような顔で高橋はホームゴタツに入った。
「まだ、調子が悪いんだ」
「あ、そう」
「僕が部屋にいること、よくわかったねえ。いなかったらどうするつもりなんだ」
「散歩コースに入っててね、だから、わざわざ来たわけじゃないよ」
「でも、心配してくれてありがとう」
「いやいや、それは、まあ、そうなんだけど、心配が当たったんじゃないかと」
「風邪が治ったら会社へ行くよ」
「もう、治っていたりして……」
「おいおい、サボってるわけじゃないよ」
「でも、二日続けて部屋でゆっくりしていると、ずっとそうしていたいと思わないかい」
「その発想がわからない。早く治して、出社したいよ。仕事もたまってるはずだし」
「健全を装うことはないよ。尾上君」
「何、その妙な言い方は」
ホームゴタツの上には漫画本が積まれている。昨日はなかった。
「ほら、こういうの読んでいるのが証拠だ」
「暇だから、古本屋で買ってきたんだよ」
「いい感じだよ。尾上君」
その翌日、高橋はまた訪れた。
しかし、ノックしても尾上は出てこなかった。
尾上は風邪が治り、出社したようだ。
高橋はがっかりした。
了
2010年4月27日