小説 川崎サイト

 

象徴主義

川崎ゆきお




 柿本は象徴が好きだ。それは好みとするものの象徴だ。
 象徴そのものが好きなわけではない。そこに示されている方向性が好ましいのだ。
 そして、当然のことながら、具体性に欠ける欠点を持つ。
 意味するものではなく、意味する方向が好きなのだ。
 これは難解かどうかは分からない。また、本人もそれに関して、深く掘り下げたこともない。
「象徴主義ですか」
「主義と言えるほど大げさなものじゃありません。傾向程度です」
「それで、柿本さんが意味する象徴とは何でしょうか」
「いろいろです」
「何を象徴したものがいいのですか」
「はあ?」
「ですから、象徴の中身ですよ」
「ああ、中身ねえ」
「具体性がないのが象徴でしょ。でも、そのかわり意味がこもっているはずです」
「いや、象徴的なものは、実は幻想のようなもので、現実には存在しないようなものです」
「その現実の何かを表しているわけでしょ」
「まあ、そうです」
「では、象徴とは何でしょう?」
「雰囲気です」
「ふ、雰囲気?」
「はい、何となく好ましい方向です」
「その、何となくと象徴は合わないのではないでしょうか」
「合う?」
「はい、食い合わせのようなもので、水と油とまでは言いませんが、象徴にはしっかりとした裏付けがあると思うのです」
「何となくにも裏付けがありますよ」
「それは、個人的な心象風景ではないのですか」
「つまり、僕の勝手な思いこみだと」
「それが悪いとは言いません。思いこみは思いこみで、意見の一つでしょう。この場合、中身がありますよね」
「あるでしょうね。勝手な思いこみにも、その理由が」
「その場合、何となくの問題ではないと思うのですよね」
「つまり、僕の言う何となくが曖昧で、象徴性が低いと」
「まあ、そのあたりが、常識的な判断だと思いますよ」
「指し示す方法は、変化します」
「あ、そうなんですか」
「だから、象徴も変化するのです」
「では、その象徴とは機能のようなものですか」
「機能」
「道具のようなものですよ」
「そうなるんでしょうか」
「おそらく」
「何となく、象徴が浮かび上がるのですよ。そして、その象徴は何かを指さしている。ある方向を」
「あ、そういう言い方そのものが象徴的なんです」
「そうなんですか」
「それもまた悪くはないのですが、人前で語るような事柄ではないと思いますよ」
「はい、これからは、誰にもこの秘密は話しません」
「はい、お大事に」
 
   了

   


2010年5月3日

小説 川崎サイト