ある和風
川崎ゆきお
これもまたワープ談のような話だ。
三村老人はほぼ毎日ショッピングモールで買い物をする。住宅地にあるモダンな場所だ。西洋の城のようにも見える。
三村老人の目的はスーパーだ。日々の食材を調達しに来るのだ。近所で一番近くにあるのが、実はこのショッピングモール内のスーパーなのだ。
コンビニよりも近くにあるので、ちょっとした日用品も買いに行く。
ほぼ毎日なので、モール内も熟知している。
その日は春なのに寒かった。その夕方、まるで雪でも降りそうな空模様だった。
真冬に出そうな黒い固まりの雲がいびつな形でゆっくり動いている。風が強いのかその輪郭の一部がちぎれている。
ショッピングモールの中庭のようなところから建物内に入ろうとしたとき、あることに気づいた。
関知したのは耳だった。
琴の音だった。
そのリズムは聴いたことがある。よく耳にする曲だ。
それは正月によく聴く調べだった。この曲は流れている飲食店は、正月料金になることを三村は思い出した。
建物内に入ると、別に正月の飾り付けはなかったが、様子が違っていた。
真っ先に目に入るコーヒー豆屋が茶店のようになっていた。その隣にある手作りパンの店からは赤飯を蒸している湯気が上がっている。
三村老人は昨日も、この通路を通っている。一日で改装したり、作り替えたとは思えない。
三村が買い物前に行く喫茶店は階上にある。
いつも健康のため、非常階段で行く。その手すりが木製になっていた。そして、多くの人が触れたためか、つるつるになっている。
階上の通路にトイレがある。いつものように中に入ると、便器が古い。昔の朝顔型のレトロなものだ。そしてかなり汚れている。
喫茶店は衣類売り場の中にある。
婦人服のテナントが並んでいるが、マネキンは着物を着ていた。
そして、喫茶店は畳が敷かれ、そこに非常に長いテーブルと座布団が並んでいる。飲み屋の宴会場のようでもあり、ヘルスセンターの大広間のようでもある。
「それはワープと言うより、適当な作り話でしょ」
「誰の」
「だから、三村老人の」
「じゃ、ワープ談でも、幻覚でもないと」
「はい、その内容から察して、軽い冗談で語ったものと思われます」
「なるほど」
三村老人は、今日もショッピングモールへ通っている。きっと同じ風景なので飽きたのだろう。
了
2010年5月12日