小説 川崎サイト

 

電車の窓

川崎ゆきお




 夜、倉橋は踏切で立ち止まった。遮断機が降りているためだ。
 明るい光の玉がやってきて、車両の窓が浮かび上がる。
 車内に人がいるのも確認できる。立っている人は少なく、どこかの部屋が移動しているようにも見える。
 倉橋はたまたまそれを見たのだが、ありふれた光景のようでいて、何か独自の世界が詰まったものが走り去ったようにも感じられた。
 四両編成の各駅停車で、駅と駅の間隔が短いためか、ゆるりとしたスピードで走り去った。
 その四両を横にではなく、縦に並べればちょっとしたマンションに見えた。
 倉橋はそんなよけいな連想が働くタイプの人間のようで、イメージを積み立てて独自のものをこしらえあげるのが得意のようだ。
 それは、造形作家として、常日頃から妄想の世界に入り込んでいるためだろう。ふつうの人なら、電車の通過を待つだけで、特に意味は見いださないだろう。
 倉橋の思いはそれだけではない。
 この電車に何度も乗っているが、外から見た車両の世界は、中に入るとないのだ。
 これは、感じの問題だ。
 あの感じが消えてしまうのだ。
 その逆もある。
 車内から外を見ている風景と、実際そこを歩いてみたときの風景が違っている。これも感じの問題だろう。
 電車の軌道はやや高く、車両の背もそれなりに高い。そこから見るためだろう。
 倉橋は感じの違いを理解しているが、できれば、夜に走るあの窓明かりの車両内へ行ってみたい。
 また、車内から見える流れ去る町並みを歩いてみたい。
「隣の芝生は青い」のと同じようなことかもしれないが、その青い芝生の中を歩いてみたい。
 そんなことを考えていると、周囲に人の気配がある。
 緑色のジャンパーに懐中電灯をもった一団が遠巻きに倉橋をうかがっている。
 すでに遮断機が上がっていたのに、立ち止まっていたからだ。
「油断も隙もない」
 そうつぶやきながら、倉橋は踏切を渡った。
 
   了

   


2010年6月5日

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