小説 川崎サイト



滝の音

川崎ゆきお



 地下に溜まり場がある。
 人々が溜まっている。立ち止まっていると言ってもよい。
 そこは地下鉄構内の片隅だ。プラットホームなのだが、その場所には車両は停まらない。もう少し中央側に寄らないと、そこからは乗れない。
 船橋がふと気付いたときには、そこに立っていた。他にも立っている人々がいるので、特別な場所だとは思わなかったのだ。
 茫然と立ち止まっている感じで、電車を待つ風ではない。
 並んでいるわけではないし、ドア位置のマークもホームにはない。
 線路を背にし、壁を見ている人もいる。
 いずれもビジネス街でよく見かける一般的な勤め人の男女だ。
 アナウンスが流れ、電車が入ってきた。車両は目の前を流れた。
 間違った場所で待っていたと思うのなら、中央側へ移動するはずだが、その連中は動こうとしない。
 船橋はそこまで注意深く観察していたわけではない。ただ、なんとなく、どこかで立ち止まりたかっただけなのだ。
 他の連中もそうなのかもしれない。
 船橋は会社で嫌なことがあった。家に帰ってもそうだ。居心地のよい場所などない。それがもう日常的になり、慣れてしまっているのだが、どこかで安堵の思いをしたい。
 その思いをこのプラットホームの端が叶えてくれるわけではないが、とりあえず居られる場所だ。
 電車は何本も通過した。正確にはこの駅で停車しているのだが、外れているため通過車両ばかりのように見える。
 誰も立ち寄ってくれないホームということなのだが、この連中にはふさわしいのだろう。相性のよい状況と言ってもよい。
 一人が、すっとホーム中央側へ歩きだした。まるで行を終えた行者のように。
 それと入れ替わるように新入りがやってきた。立ちやすい隙間を見つけ、そこで立ち止まった。
 船橋はタバコを吸わないが、喫煙場所に似ている。当然駅構内は全面禁煙なので、ここには喫煙所はない。
 船橋は目を閉じた。構内の雑多な音が次々と耳に入る。
 電車がまた入ってきた。
「あ、滝の音に似てるなあ」
 船橋は明日も立とうと思った。
 
   了
 




          2006年6月12日
 

 

 

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