小説 川崎サイト

 

ガマガエルの庭

川崎ゆきお




 重い雨が降っている。雨粒が大きいのだろうか。葉がそれで生き物のように動いている。葉には目がないので瞬きではないものの、大きな瞼のようにも見える。
 そんな雨中、探偵が屋敷を訪れた。偶然約束日時が雨だっただけのことだが、時間は深夜の二時だ。
 屋敷は雑木林の中にあり、ただでさえ人目に触れにくい。毛細血管のような小道から、さらに枝道が出ており、その突き当たりに屋敷がある。
「雨の中、ご苦労様です」
 ガマガエルのような顔の依頼主と探偵が十二畳ほどの客間で対面する。
「庭を見てもらったかな」
「暗くて、よく見ていません」
「そうか」
「で、依頼とは」
「庭じゃ」
「庭が何か」
「庭師になってもらいたい」
「僕は探偵ですが」
「だから、頼むのだ」
 探偵は意味を飲み込もうとしたが、具体的なものはかみしめられなかった。
「庭の手入れをしてもらえればよい」
「それなら、園芸関係者を」
「そういう意味ではない」
「庭に何か、あるのですね」
「小さな庭だ。池があるだけが自慢か。大きな石もない。平凡な家の庭だ」
「真意は庭にはないと」
「真意?」
 ガマガエルは、少し妙な顔をする。目鼻が同時に波打つように見える。
 探偵はその夜から住み込みの庭師となった。
 一室与えられ、食事は弁当だ。日に一度、三食分の弁当が配達される。ガマガエルも、毎食これを食べているようだ。
 一週間後、探偵の勤めは終わった。
 慣れぬ庭仕事で、庭を荒らしたためではない。
 最初からその約束だった。一週間の。
「何かお役に立てたでしょうか」
「ああ、ご苦労様でした」
 探偵は最後まで意味が分からない。
 ガマガエルは、それから一ヶ月後、今度は武道家を呼び、庭師として働かせた。
 探偵は気になるのか、その屋敷を調べてみた。
 弁当配達の男に聞くと、真相が分かった。
「あのご主人、お庭番だと言ってましたよ」
「お庭番」
「うちの屋敷にはお庭番がいるって……」
 きっとガマガエルは庭だけを見ているのでは寂しかったのかもしれない。
 
   了

 


2010年6月20日

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