電子出版
川崎ゆきお
「狐にだまされるのと、狸にだまされるのとではどう違いますか」
「面倒なことを聞くのう」
妖怪博士は機嫌が悪い。質問内容よりも、質問者に好意を持っていないからだ。
質問者の合田は、話を聞くだけなのだ。それをしっかり受け止めているとは思えない。妖怪研究にも興味はないようで、ただ単に話し相手がほしいだけなのだ。
それは誰でもよく、その時間を過ごせれば、それでよいのだ。
だから、合田は犬の相手をするようなものだ。
妖怪博士は犬ではない。
「どうです。博士」
妖怪博士は、嫌々ながら答えることにした。
「狐のだまし方は冷たい。狸は笑える。それだけのことじゃ」
「それは、狐のイメージ、狸のイメージをそのままおっしゃっているようなものですね」
「ああ、そうおっしゃいました」
「しかし、意外と当たっているような気がします」
「それで、合田君。質問の意図は何かね」
「意図?」
「何のために質問したのかね? それを聞いてどうするつもりだ」
「いえ、博士。ちょいと聞いただけのことです。この質問思いつくの大変だったんですよ。何か聞くネタを作っておかないと、博士と会えないし」
「では、この話は、これで終わりだね」
「もう少し、話し込んで、いいですか」
「ご随に」
「ありがとうございます」
「しかし、結論は出たのだろ。狐と狸の話は、ワンラリーで終わったのだから」
「と、言いますと」
「もう少し、展開が必要なんじゃないのかい」
「いえ、今の回答で、十分納得しました」
「そうかね」
「あ、博士は、もっとその話、続けたいのですね」
「わしは、無駄話する気はない」
「ご専門の話なので、もっと語りたいのじゃありませんか」
「君が納得したのだから、それ以上話す必要はないだろ」
「あ、そうですね」
妖怪博士は眉間を曇らせる。しかし、眉間が晴れる状態などあるのだろうか。眉間は曇るのみで、晴れも雨もない。腫れることはあるだろうが。
「では、そろそろおじゃまを」
合田が立ち上がる。
「ああ、またな」
「あ、忘れてました。博士の話を本にしたいと言う知り合いの編集者がいるんですが」
「それをなぜ先に言わん」
「ああ」
妖怪博士は合田から、その出版の話を聞きだした。
博士の額は再び曇った。
電子出版だったからだ。
了
2010年6月23日