小説 川崎サイト

 

ハンバーガー

川崎ゆきお




 吉沢は単身帰任で飛ばされた。偶然その町に親戚の家があり、老いた叔父夫婦が二人で暮らしている。子供も孫も都会に出てしまい、部屋はがら空き状態だ。
 吉沢はそこに住むことになった。家賃がいらないし、食費もかからない。
 古い日本家屋、年寄り夫婦との暮らし。それまでマンション暮らしだった吉沢は、最初は新鮮で、民宿に長期逗留しているような気分だったが、徐々に息苦しくなってきた。
 その朝、吉沢は朝食をとらずに勤め先の出張所へ向かった。寝坊をしたわけではない。
 出張所までの道沿いにファーストフード店ができていたのだ。日本のどこにでもあるハンバーガーのチェーン店だ。
 ご飯と味噌汁ではなく、久しぶりにハンバーガー店の朝メニューを食べたくなったのだ。
 店のドアを開けると、シーンとしている。客が少ないわけではない。
 一番安いソーセージを挟み込んだハンバーガーを注文し、トレイにそれを乗せ、客席へ向かった。
 結構混んでいた。
 四人掛けテーブルがいくつかあるのだが、それぞれのテーブルに一人の客が占領していた。
 吉沢は空いている二人掛けの窮屈な席に着いた。
 一番奥まった場所にあるが、逆に店内が一望できる。
 それは、まさに風景だった。
 どこかで見た記憶のある風景だ。
 立ち上がる人がいる。そのまま入り口近くへゆっくりと進んでいる。足が悪いのか、体調がよくないのか、わからない。
 やがて、ラックから新聞を抜き、また同じようにゆるりと歩いて席に戻る。
 全員が一人客で、しかも静かなのだ。
 咳き込む音が聞こえる。遠慮してか、咳を押し殺している。
 客のほとんどは年輩者だ。
 吉沢は毎朝叔父夫婦と朝食を食べるはいやではないが、たまには今風な食事がしたいと思っていた。確かに食事は今風だ。しかし、周囲の人物は今をかなりすぎている。
 ドアが開き、かなりしばらくしてから、客が入ってきた。客より先に、車が入ってきたのだ。手押し車にもたれ掛かかりながら老婆がレジの方へ戦車のように進んでいた。
 やはり、見たことのある風景だ。
 病院の待合室。
 そういえば、この町は年寄りが多い。整骨院や針灸院の看板が町のあちこちにあった。
 吉沢はいつもの朝食と少し違った今風な気分を味わうことは、この店では無理だと思った。
 
   了


2010年6月26日

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