小説 川崎サイト

 

らっきょう

川崎ゆきお




 テレビによくでているタレントの別荘がある。本職は雑学のエッセイストだ。広告代理店にいた頃作ったコマーシャルは今でも語りぐさになっている。
 趣味性の強い人で、別荘は元々和風だったが、雑木林と接する西側は洋風に改築していた。ちょっとしたサロンとなっており、有名人がよく遊びに来る。
 その雑木林と敷地の境界線が曖昧で、塀や垣根がない。そのため、雑木林が庭の一部のように見える。借景というより、境目のない風景だ。
 雑木林の先はすぐに裏山となり、もう家はない。
 しかし、物騒なので時間給で警備員を雇っていた。
 花田はその一人で一日六時間勤務だ。本職は探偵なのだが、そんな仕事はあるわけない。
 警備員と言っても制服はない。そして、詰め所もない。実際には庭掃除員と同じ服装だ。雑草を抜いたり、落ち葉を集めたり、たまにじゃまになる枝を落とす程度だ。
 別荘の主は庭はできるだけ手を加えないようにしている。造園の趣味はないのだ。
 その花田を主が呼んだ。
 テラスに白いスチールテーブルがあり、椅子が四つある。花田は何度かここで主と雑談することがあった。今回もそれだろう。
 しかし、この椅子は鉄の網なので、尻が痛い。
「花田君、らっきょうはどうかね」
「あ、お食事中でしたか」
 テーブルの上に皿があり、カレーを食べているところのようだ。
 そして、ガラスの丸い容器にらっきょうが盛られていた。
「カレーを食べたいから、カレーを食べているんじゃないんだよね。実はらっきょうが食べたいんだ」
「ああ、そうなんですかあ」
「一番おいしいらっきょうの食べ方は、カレーと一緒に食べることなんだよ」
「カレーなら、福神漬けでもいいですねえ」
「いや、らっきょうの存在感には負けるね」
「ああ、そうなんですか」
「君は福神漬け派かね」
「はあ?」
「いい食事は人生を豊かにしてくれる。私は、このらっきょうの素朴さが好きでね。まあ、福神漬けも嫌いじゃないが」
「カレーへのこだわりは?」
「ああ、いいこと聞くねえ。花田君。カレーへのこだわりとは、実はらっきょへのこだわりなんだ。君は何にこどわるね」
「こだわりですか」
「趣味の問題だよ」
「らっきょうに目はないです」
「そうか、らっきょうが好きか」
「いえ、らっきょうは見てません」
「ほう、じゃ、なにを見ておる。カレーのルーかね」
「ご飯です」
「あら」
「ご飯が食べたいです」
「いいねえ。花田君。素朴で」
「米代にも苦労してますもので」
「米は何がいい」
「安いのが」
「あ、そう。うーん」
「白い飯なら、もうそれだけで」
「このご飯、棚田で育った無農薬ものだから、高いよ。それを釜で炊いたものなんだけど。そういうのはどう?」
「食べていいのですか」
「食べたいのなら、ごちそうするよ」
「ありがとうございます。一食助かります」
「あ、そうなの……」
 
   了


2010年7月7日

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