「これこれ、そこなお人」
島田は声をかけられ、自転車を止めた。深夜のことだ。
「毎晩見かけるが、いったい何用かな?」
島田は声の主を捜した。
「ここじゃよ。路肩をよく見よ」
地蔵が立っている。小学生ほどの背丈で、もう顔面は風化している。
「気になってのう。つい声をかけてしもうた」
島田は別に驚かなかった。その回路が開いているためだろうか。
「散歩です」
「散歩とは歩きのことではないのか」
「歩くように走っているので」
「では、徒歩ではなく、走りじゃ。やはり散歩とは呼べんぞ」
「でも気持ちも運動量的にも散歩なんです」
「何を見てまわっとる」
「別に何も見てません。前は見ていますが」
「おかしなお人じゃ。まあ、だから声をかけたのだが……」
「そういうあなたは地蔵ですか」
「そうじゃ」
「地蔵さんこそ何をしているのですか」
「いや、もう何もしておらんのだよ」
「昔からここにいるんでしょ?」
「村がなくなってからやることがのうてな。ここは街道が通っておった。村の入り口じゃ」
村らしい風景はこの一帯にはなく、住宅地になっている。
島田は地蔵に化けたキツネの話を思い出した。そういうものに遭遇するようでは、自分も駄目だと感じた。浮世離れのし過ぎなのだ。
「お前様には声がかけやすかった。困ったことがあるのなら相談にのるよ」
島田はサラ金の無人ボックスを思い出した。お地蔵さんが立っており、お金に困った人に無人の機械で融資するという仕掛けだ。
「さあ、話してみなさい」
「地蔵の声が聞こえるのが困ることかもしれません」
「信心のないお人よのう」
「どういうシステムなんです?」
「先程も言うたであろう。暇なんじゃよ。見捨てられた地蔵なんじゃ」
「放置地蔵なんですね」
「このままでは、わしが彷徨うことになる。だから、わしに仕事をさせておくれな」
島田は翌日同じ場所に行くと、地蔵が立っていた場所は工事中になっていた。
了
2006年6月13日
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