小説 川崎サイト

 

白い敷布

川崎ゆきお




 ハタハタと白いものが蠢いている。はためいていると言うべきか。なぜなら、それは洗濯物の白い敷布のためだ。
 二階窓に手すりがあり、そこで干されているのではなく、その上の軒下だ。布団なら、その手すりだろうか。
 夜とはいえ、住宅地は明るい。
 低気圧は雨にならず風になっている。
 雨が降れば、この敷布も濡れるだろう。浅い軒下のためだ。
 多少の雨なら濡れないかもしれない。しかし今夜のような強い風の日なら、横殴りの雨が敷布を濡らすだろう。
 会社帰りの木下は、その家に誰が住んでいるのかは知らない。駅から自宅までの通路であり、顔見知りはそこにはいない。
 木下は、その敷布が化け物のように蠢いているように見えた。敷布が特異なのではなく、木下の思いつきが特異なのだ。
「どこかで見た光景だ」
 白い布が屋外にあることがいやな雰囲気となるのだ。しかも大きな敷布だ。
 村の葬式の行列で、布がはためいていたことを思い出す。戦国時代の合戦の時の、吹き流しの旗のようなやつだ。しかし、敷布はそれより幅がある。吹き流しは風を受け、さらさら流れる感じだが、敷布は違う。重いのだ。どちらかというと船の帆に近い。しかし、それなら、ピンと張っている。
 洗濯物の敷布はねじれたり、広がったり、カーテンのように閉じたりもする。選択バサミがはずれているのだろう。
「仕舞い忘れか」
 昼間雨は降っていなかった。湿気てはいるが、夕方には乾いていそうなものだ。また、夜に干す必要性があるのだろうか。つまり、洗濯を夕方にしたとか。
 それでも天気予報は雨だ。
 木下は、不気味なものを見てしまったような気持ちになる。それは怖い方へと結びつけるためだ。
 風が走る。
 敷布が不規則な形に歪む。
「昼間なら、何とも思わなかったかもしれない」
 そう、夜だから感じるのだろう。怖い形をした鬼瓦を見ても、怖いとは思わない。あるべきところにあるからだ。
 木下は何年もこの道を通っている。その家も毎日見ているはずなのだ。そして、記憶をたどっても敷布が干されていたことは一度もない。ただ、夜の話で、昼間は別だろう。
 そのとき、敷布の動きが変わった。風は強く吹いていない。
 白いものがすーと細くなった。
 干していたのを忘れた家人が、気がついて取り込んでいる最中なのだろう。
 だが、その人の姿は全く見えなかった。
 
   了


2010年7月15日

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