小説 川崎サイト

 

二人の自転車乗り

川崎ゆきお




「暑いですなあ」
 宮田が竹田に声をかける。どちらも似たような年で、背丈も顔を似ている。同じ町内の住人だが、似たような家に住んでいる。また苗字も似ている。
 宮と竹では確かに違いはあるのだが、どちらも田がつく。
 二人は親戚ではない。偶然同じ町内に引っ越してきて、住んでいるだけだ。もう二十年ほどになるだろうか。
 二人とも大手企業に勤め、定年退職後はぶらぶらしている。これもまた似ている。どちらもよく知られた会社名で、どちらも家電関係だ。
 ここまで似ているのは異常なことではない。そういう人はいくらでもいるだろう。共通箇所を見てしまうとそう思えてしまうだけだ。
「暑いですねなあ」と声をかけた宮田は自転車に乗っていた。竹田も今から外に出ようと門を出たところだ。その竹田も自転車をついている。
 宮田の乗っているのはドロップハンドルのスポーツタイプだ。竹田のはママチャリだ。
 二人は町内の道を併走する。車が入ってこない生活道路なので、横に並んでも問題はない。
「昨日は川瀬まで走ってきましたよ」ドロップハンドルの宮田が言う。
「そうなの、私は昨日は大磯まで行ってきましたよ」
「大磯。あの大磯」
 川瀬までは五キロだが大磯までは二十キロある。
「その自転車で行けたのですかな」
「よく行きますよ」
 宮田はカチリとギアを入れる。二十一段式の平凡なタイプだが、川瀬の自転車は変速機そのものがない。そのかわり、前輪のハブにオートライトの膨らみがある。ハンドルはセミアップタイプで、よく見かけるお買い物自転車なのだ。前にも後ろのもかごをつけている。
 宮田はリュックを背負っている。荷台がないので、体につけないといけない。
「川瀬往復でも、真夏はきついですよ。昨日も炎天下だったでしょ」
 武田は麦藁帽をかぶっている。風が吹けば飛びそうな縁の大きなものだ。
「日傘も持っていますから」
「しかし、往復四十キロですよ。すごい脚力ですなあ。ママチャリでクランク回すんだから」
「いや、足の力は大したことないんです」
「コツがあれば教えてくださいよ竹田さん。私も大磯で海を見たいと思っているんですがね。往復四十キロだから、行く気がしない。いや、行けるですよ。この自転車はそういうタイプですし。早いし、坂道も楽だし。軽いですからね」
「コツはないですよ。ゆっくり歩くように走れば、そのうち着くものですよ」
「それじゃ、一日かかるんじゃないですか」
「朝出て、帰ってきたら日が暮れてました」
 生活道路を出たところで、二人は別れた。
 宮田はいつもの巡回コースに入った。
 竹田の教え通り、かなりスピードを殺して走ると、ほとんど披露がないことがわかった。しかし、ドロップハンドルでゆっくり走るのはあっていない。また、スポーツタイプの自転車でゆっくり走るのは格好が悪かった。それで、ついついスピードを上げてしまった。
 宮田は竹田のママチャリをうらやましく感じた。背中の荷物からも解放されるだろうし、途中で買ったものをかごにつっこめる。米だって買って帰れる。
 しかし、武田の真似をしているようでスタイルを変えるのは躊躇われた。
 
   了



2010年7月19日

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