蚊に刺された程度
川崎ゆきお
蚊がいる。刺して血を吸う蚊だ。
蚊に刺されてた程度、蚊に喰われた程度の傷ということがある。ほとんどダメージがないためだ。しかし、痒い。
そのため、大したダメージがなかった場合、痒いとも言う。痛いのではなく、痒いのだ。
ある男が蚊に刺された。蚊がいることはわかっていた。だから刺されるだろうとは予測していた。しかし、蚊だ。たかが蚊なので防御態勢などとらない。蚊がいることで身構えることもない。
蚊が飛んでいるのはわかっていた。一匹か二匹だ。
男の周りを素早く飛んでいる。
夏場の室内なので、男は半袖、半ズボンだ。ソファーに深く座り、テレビを見ている。
手前にテーブルがあり、飲みさしの缶コーヒーが数本ある。小さな蚊がその周辺に止まっている。もう飲まないので追い払わない。それよりも缶を捨てるべきなのだが。
この小さな蚊が腕にとまった。すぐに気づき、追い払う。この蚊は刺さない蚊だ。
刺す蚊は一回りほど大きい。
その蚊は視界にはない。どこかにいったのかもしれない。
別に刺されてもかまわない。窓は開いている。カーテンも開き、網戸もはめていない。あるのだが、網戸も開けているのだ。これは、蚊が入ってきて刺されるリスクを承知してのことだ。それよりも風を少しでも多く部屋に通す方が大事なのだ。エアコンはない。
男は痒みを覚えた。
腕を見ると、膨らみができている。しかも二つだ。
連続して刺されたようだ。
刺された瞬間はなにも感じない。麻酔薬でも出しながら刺すためだろう。痒みを覚えるのは、それが切れてからだ。だから、痒いと思った瞬間、後の祭りだ。蚊はもう逃げている。
この痒みは数分で治まる。かくと面倒なので我慢している。少しの辛抱だ。いつも刺しに来る蚊のためマラリアになるような蚊ではない。別の伝染病を配達しているかもしれないが、わずかなダメージだ。痒さが少しだけ不快だ。
次に腕を見たとき、黒いものが乗っていた。じっとしている。血を吸っている最中だろう。
今ならパチンと叩けば潰せる。血を吸っている最中なので動けないだろう。
しかし、ここでパチンとやれば蚊は潰れ、血が出るだろう。その血は男の血なのだ。
誰も得はしない。
血を提供された蚊は、それで満腹し、もう刺しにこないだろう。今度刺されたとすれば、別の蚊だ。
男はパチンとやるのをやめた。
そして、テレビを見ていた。
すると、痒みが走った。原因は分かっているので無視した。
今度はテレビ画面に黒いものが入り込んだ。テレビと男の間を蚊が飛んでいるのだ。血を吸いすぎ、重量オーバーで早く飛べないのだ。
いつもの蚊の飛び方ではない。ゆっくりでもパチンできる。
しかし、誰も得はしない。
男は蚊取り線香を買う心づもりをした。
了
2010年7月22日