小説 川崎サイト

 

夏祭り

川崎ゆきお




 妖怪博士付きの雑誌編集者は毎月顔を出す。
 この出版社から妖怪博士の本は出ていないし、また、記事にあげるような雑誌はない。経済雑誌なので、妖怪記事を載せる場所ではない。
 ただ一度だけ妖怪博士は、その経済雑誌に書いたことがある。そのときの担当が、そのまま妖怪博士付きとして来ているのだ。
 以前に書いた妖怪談は地域振興で妖怪を扱うことだった。珍しいことではない。
 しかし、妖怪博士と経済雑誌とを結びつけたことは確かだ。結んだのは編集者で、編集長ではない。また、編集方針でもない。この編集者個人の動きなのだ。
 妖怪の好きな経済雑誌編集者だと言えるが、実は妖怪ではなく、妖怪博士が好きなようだ。
 好きというよりも興味を持ったことで、継続的月参りをしているのだ。
「夏ですねえ。夏祭りに出るような妖怪はいませんか」
「そんな江戸時代の村に起こったような妖怪談を聞いても仕方があるまい」
「最近の話があるのですか」
「村は消えたよ。都市近郊ではなね。だから、夏祭りや盆踊りは村単位ではなく、地区単位になっておる。そのため、公園や小学校の校庭で踊っておる」
「そうですねえ。僕の子供の頃も自治会主催の夏祭りが公園でありましたよ。団地でもありますよね」
「ある小学校での話だ」
「はい」
「土曜日に、その地区の夏祭りがあった」
「運動場は貴重な空間ですよね。下手な公園だと、遊具なんかがあって櫓を組むと、ぐるりと踊る空間がない」
「まあ、そんな感じで、毎年行われておった。これは、隣接する小学校でも同じでな。同じ日にやっておる」
「はい」
「祭りが終わった翌日は日曜日だ。学校は当然夏休み中だ」
「はい」
「校長は電話を受けた。夜の八時頃かな」
「日曜日の八時ですね」
「そうだ」
「どんな」
「夏祭りをやっておる……とな」
「夏祭りは土曜日にやったのでしょ。日曜日も続けてやっていたのですか」
「ない」
「ここからが本題ですね」
「真っ暗な運動場で踊っておると」
「暗いのによく見えましたね」
「通報したのは近所の人だ。お囃子が聞こえたようだ」
「祭り囃子ですね」
「古色蒼然としたな。分かりやすくいえば祇園祭りのあの曲のようなゆったりとしたものだ」
「テープではないのですか」
「笛や鐘を鳴らしておったらしい」
「それは、狸囃子じゃないですか」
「先に答えを言うでない」
「すみません」
「校長が駆けつけ、校庭を見ると、暗い場所で踊りの輪を見たようだ」
「どんな映像でしょう」
「浴衣姿の狸が踊っておった」
「あの、それは……」
「作り話じゃよ」
「で、しょうねえ」
「校長の作り話じゃないぞ。わしが作った話だぞ」
「はい、承知しています」
「以上だ」
 編集者はいつものことなので、表情を変えない。
「お話、どうもありがとうございました」
「参考になったかな」
「いいえ」
「ならんか」
「また、来月お伺いします」
 妖怪博士は好意を持たれている相手に対しては、かなり手を抜いた話をするようだ。
 
   了


2010年7月26日

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