小説 川崎サイト

 

二階のホームゴタツ

川崎ゆきお




 繁華街の場末。もう周囲はほとんどが住宅地で、ぽつりぽつりと店屋がある程度だ。
 繁華街は私鉄の小さな駅前に商店が並んでいる程度で、どこにでもあるような郊外の風景だ。
 その場末に民宿がある。
 上田は酔った状態でそこに泊まった。酔った勢いといってもよい。ある趣味の集いでの飲み会だ。終電が出る前に解散となった。繁華街の中程にある飲み屋だった。
 上田は酔ってよく覚えていないが、駅とは反対側へ歩いたようだ。集いの仲間は上田はそっち方面だと思ったのか、誰も声をかけなかった。
 いくら歩いても駅に到着しない。それどころか明かりが乏しくなる。
 このとき、引き返せばまだ終電には間に合った。だが、魔が差したのか、妙な行動に出てしまう。
 泊まって帰ろうと、気まぐれを起こしたのだ。自発的にではない。きっかけがあった。
 白地に民宿と書かれたオン看板を見たためだ。
 宿がある。ならば、泊まろう。それだけのことだ。
 そして夜半に目覚めた。
 四畳半ほどの狭い部屋で、その真ん中にホームゴタツがあり、そこで寝ていたのだ。初夏のことなので、いくら民宿でもホームゴタツは片づけているだろう。
 電気をつけると、小さな冷蔵庫がある。違い棚にぬいぐるみやこけしや、ガラスケースに入った人形などが詰め込まれている。神棚のようなものがあり、そこにはお稲荷さんがまつられているようだ。
 カーテンはピンク色で、それを開くと小さなガラス窓がある。深夜の町なみが黒く広がり、街灯が寂しく光っている。
 タンスがある。中をあけると、浴衣やシーツが入っている程度で、別の引き出しには石鹸箱が一つだけ入っている。民宿なので、この家のタンスを置いているだけかもしれない。
 しかし、部屋の真ん中にホームゴタツがあり、布団がないのがわからない。掛け布団はあるが、それは正方形のホームゴタツ用だ。
 宿泊施設に敷き布団と掛け布団がないのがおかしい。もしやと思い、押入を開けるが、座布団が二枚入っているだけだ。最初から布団セットはないのだ。
 ホームゴタツの上にお茶を飲むセットと少女漫画の分厚い月刊誌が積まれている。
 上田のものではない。
 部屋の隅に上田のショルダーバッグがある。自分で置いたのだろう。ファスナーを開け、中を調べる。買ったばかりのデジタル一眼レフは無事だ。
 満室で空いている部屋がなかったので、従業員の休憩室をあてがわれたのではないかと解釈した。
 まあ、どうせ、始発が出るまで寝るだけのことなので、問題はない。
 部屋にはトイレがない。上田はおそるおそる襖を開けた。すると、廊下が目に入った。
 十ワット程の裸電球が天井からぶら下がり、その奥に非常口と書かれた青い光が見える。トイレらしい入り口がその右側にある。左側は階段の降り口だ。非常口は頑丈そうなドアで、外階段とつながっているのかもしれない。
 昨夜、案内されて、この階段を上がり、この廊下を通ったはずなのだが、ぼんやりとした記憶しかない。
 廊下の左右に襖がある。
 人の気配はない。もう寝ているのかもしれない。
 そして、部屋に戻ろうとしたのだが、間違って別の部屋の襖を開けてしまった。
 自分の部屋なら電気をつけたはずなので明るい。だが、その部屋は暗い。従って間違ったのだ。
 窓明かりで室内はよく見える。自分の部屋とそっくりだ。四畳半でホームゴタツが真ん中にある。
 間違いついでに、別の部屋も開ける。
 そこもホームゴタツだ。
 従業員の休憩室説が崩れた。
 上田は気味悪くなり、電車の始発時間まで、ホームゴタツの中でじっとしていた。少し眠ったかもしれない。
 日が開けたのを確認し、一応六時に宿を出ることにした。早すぎると、宿屋の人もまだ寝ていると気を使ったのだ。
 階段を降りると帳場があり、狭い玄関があった。昨夜、ここを通ったことを少しだけ思い出した。
 帳場の前に呼び鈴があったので、それを押す。
 すると、二分ほどでミニのワンピース姿の女将が現れた。
「お発ちですか」
「はい」
 上田は宿泊料を払う。かなり安いので安心した。
「妙な部屋ですねえ」
「あらっ、看板見ませんでした」
 民宿と書かれた看板しか見ていない。
「うちの名前ですよ」
「ああ、この民宿の」
「スナックの二階です」
「はっ?」
「スナックの二階って名前の民宿なんですよ」
 上田は意味が分からない。
「ほら、スナックで飲んでいて、店のママと仲良くなり、二階のプライベートなママの部屋で泊まって帰るのって、あるでしょ」
 あまりないように上田には思えた。スナックには行ったことがないからだ。
 つまり、ここはスナックの二階気分を味わえる民宿だったのだ。しかし、ポピュラーな引き文句ではない。よほどスナックの好きな人でないと興味を持たないだろう。
「この近く、スナックが多いでしょ。そこのお客さんがよくこられるのですよ」
「あのホームゴタツは?」
「スナックの二階のママの部屋って、ホームゴタツじゃないですか」
 世の中に上田の知らない決まりパターンがあるようだ。
 その上田も、昨夜の集いはコスプレ写真撮影愛好会だったのだが。
 
   了




2010年7月28日

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