小説 川崎サイト

 

昔の今

川崎ゆきお




 昔の今がある。あったと言うべきだろうか。
 昔の今は、今と同じようにその人の流れの先端だ。
 昔の今の流れが、今の今に来ている。
 そのはずだが、果たしてそうだろうか。
 高橋は、昔のことを思うと、その昔はもう今とは切り離された別世界のように思える。
 同じ自分がそこにおり、同じ頭で考えていたはずで、思考回路は今とは変わらない。ただ状況が変わり、今では実行不可能なことを考えていた。老人がプロボクサーになろうとしないように。
 そして今、高橋は今の自分を見ている。そのことも、あと何十年かすれば、昔の今になるのだろう。
 と、言うようなことを、過去にも高橋は何度か思ったことがある。
 つまり、昔の今と今の今とは違うのだと言うことを。そして、以前にもそんなことを考えていたと。
 これは時間の一回性に対する何かだと結論を得ている。
 高橋は未来の自分を思い描くが、そのようになった試しはない。
「よくあることですよ高橋さん」
 高橋は、友人にその話をすると、その答えが戻ってきた。
「これって、以前にも聞いたよね」
 同じことを、何度か高橋は過去言ったようだ。
「そうだったかな。言ったような記憶もある」
「君は変わらないねえ。高橋君」
「いや、昔の僕と、今の僕とは違うよ。まるで別人のような」
「私の中での高橋君は、昔と同じだよ。少しも変化していない。見事なまでの連続性だ」
「連続性?」
「同じ高橋君を生きているってことさ」
「思い出した」
「何を?」
「前にも、君はそれを言ったよ。ということは、君も変わっていないんだ」
「そうか。言ったか。忘れていたよ。私の方が連続性がないんだ」
 高橋は、このこともまた昔の今として記憶するつもりのようだ。
 
   了


2010年8月4日

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