小説 川崎サイト

 

後ろ前で裏表

川崎ゆきお




「先日のことなんだがね」
 疋田老人が似たような感じの滝川老人と喫茶店で会話している。どちらが疋田で、どちらが滝川かのく区別ははっきりしているが、どちらも特に際だったキャラクタの立ち方ではない。第三者が見れば違いがあるとすれば、名前程度かもしれない。しかし、うりそっくりな顔というわけではない。
「先日どうしたの」
「ああ、先日のことなんだがね。二日前か一週間前かは忘れた。おそらく二三日前か四日以内だ」
「それで、どんな内容?」
「あんたとは一週間ぶりだ」
「ああ、ちょっと体調が悪くて、ふせっていたんだよ」
「一週間以前のことなら、一週間前に会ったとき、話している思う。だから、一週間以内で、二三日前の話なんだ。昨日じゃないことは確かだ。昨日は昼間出かけていたからね」
「昼間って?」
「そう、それが起こったのは昼間なんだ。家でね」
「相変わらず、面倒くさい話し方ですなあ」
「大した話じゃないから、外枠が多いだけなんだ」
「で、中枠は」
「うん、話の内容、中身だがね」
 疋田は一服おく。
「もったいぶっているわけじゃないよ。続けて喋ったので息が切れただけだ」
「はいはい」
「家で昼寝しておった」
「はいはい」
「インターフォンがなった。客だ。いきなりくるのは近所の人か、君ぐらいなものだ。だから、そのまま玄関に出た」
「まさか、それだけの話じゃ」
「まだ、先がある。安心したまえ」
「なるほど、面白い話だったなあ、で終わってくださいよ」
「そのつもりだ」
「じゃ、聞きましょ」
「後ろ前反対で裏表」
「はあ?」
「上は薄いランニングシャツで、下はパンツの上から半ズボンのジャージだ」
「誰が?」
「わしだ」
「はい」
「半ズボンのジャージを裏向けにはいておった。縫い目が丸見えになる感じだな。そして、それを前後ろ反対にしてはいていた。後ろポケットが前に来ておった」
「二重ですねえ」
「そう、二重の過ちだ。ダブルだ」
「それで?」
「反対の反対は賛成で、裏の裏は表だ」
「違いますねえ」
「そう、ズボンの場合、裏と表だけなら裏の裏は表だ。しかし、後ろ前とは絡まない」
「別のことですからね」
「二つ反対のことをしたので、戻ると思ったんだがね」
 疋田老人は水を飲み、ふーと背もたれに背中を引いた。
「あ、終わりですか」
「ああ」
「あのう、客はどうなりました」
「来客はセールスだったよ。まあ、そちらは追い返しただけで、特に面白い話はない」
「また、体調が悪くなりそうですよ。疋田さん」
「いやいや」
 
   了


2010年8月21日

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