癒しの洞門
川崎ゆきお
コツンコツンと小さな音がする。キツツキでもいるかのように。
ハイカーは渓谷沿いの山道でその正体を発見する。
山道は崖っぷちにあり、切り立った岩を抱くように渡らなければいけない場所がある。その手前で半裸の男が立っているのだ。
ただ、立っているだけではなく、音を立てている。
岩になにやら打ちつけている。
近づくとノミを岩に打ち当てている。
「大阪名物岩おこしですか」
ハイカーが尋ねる。
「洞門を掘っています」
「ドウモン?」
「トンネルです」
しかし、それらしい穴はまだなく、岩肌が少し耕された程度だ。
ハイカーは、男の横をすり抜け、足場がわずかしかない岩の斜面を通り抜けた。
その距離は十メートルほどある。下を見ると川に落ちそうだ。確かに危険な場所だが、ハイキングコースにはよくある場所だ。そのため、鎖が張られている。
ハイカーは引き返した。
「あの鎖は大丈夫ですか?」
「ああ、最近試したことありませんから」
「鎖に掴まる方が危なそうなので」
「でしょ。だから、こうして洞門を掘っているのですよ」
「そこまでしなくても、鎖の保守をしてほしいですね。抜けそうだし」
「待ってください。洞門が完成すれば問題なく通れるように」
「無理ですね。そんなノミだけじゃ何十年もかかりますよ」
「そうでしょ。長ければ長いほどいい。ずっと掘り続けられますから」
「鎖の補修が先だと思いますが」
「誰が管理しているのでしょうね。村の人だと思うのですがね。まあ、ほとんど用事のない道なので、問題はないと思いますよ」
「でも、ハイキングコースですから」
「それは、誰かが勝手に名付けたコースでしょ。この山道を開いた人は林業関係の村人で、もう今は放置してますよ。それに、ここを通らなくても、林道ができていますからね。この山道はもう終わっているのですよ」
「ところで、あなたは、ここで何をしているのですか。トンネルを掘っているらしいですけど、必要があるのですか」
「この単純作業が気に入りましてね。先週から掘り出しているんですよ。ここなら迷惑がかからないらしいです。村の人には許可を得ています」
「ああ、そういう趣味ですか。それじゃ、トンネルではなく、仏像でもくり貫けば?」
「僕はその才能はありません。穴掘りだけなら何とか」
「趣味ですね」
「そんな軽いものじゃありません。精神的に落ち着くのです」
「じゃ、治癒ですか」
「はい、効きます。どんどん精神状態がよくなります」
「まあ、私の山歩きも、それに似ているかもしれませんがね」
「じゃ、お気をつけて」
「はいお互いに」
了
2010年9月14日