小説 川崎サイト

 

裏地蔵盆

川崎ゆきお




「最近、どんな幻覚を見ましたか?」
「地蔵盆です」
「子供たちが集まるあれですね」
「最近は大人しか集まりませんよ」
「それは幻覚じゃないですよね」
「それは幻覚じゃありません。ふつうの地蔵盆なら」
「ふつうじゃない地蔵盆があると……」
「ある日、知らないでその前を通ったのですよ。そこは散歩コースなので、小さな祠があるのは知ってましたよ。それに何度か地蔵盆をやっているのを見ています。毎年やっているようです。一年に一度ね。私は毎日その前を通っているのですが、それは毎日のようにで、決して毎日ではないのです。だから、地蔵盆を見なかった年もあります。夕方から夜にかけてやってますからね、昼間通ることもあるのですが、その時間帯は準備中らしく、それとなくわかるんです。ああ、地蔵盆の日なんだなあって」
「幻覚の話ですが……」
「幻覚はその後です」
「はい」
「年に一度でも驚きますよ。いつも人がいない祠の前に大勢の人が集まっているんですからね。そして、祠の扉が開いているんです。中に小さな石地蔵がいます。これは見ようと思えばいつでも見られるんですがね」
「はい、で、幻覚は?」
「その夜、久しぶりに見たんですよ。年に一度の地蔵盆を。提灯が吊され、祠の中には蝋燭も灯されてました。年に一度の晴れの舞台のようでした。集まっているのは地元の人でしょうか。全員世話役のような感じですね。その家族や知り合いとか。ごく近所の人だけです」
「それで」
「それで不思議に思ったのは子供がいないんですよ。私が見たときにはね。実際はいたのかもしれない。だって子供が主人公でしょ。供え物のお菓子なんかがもらえるので、違う町内の子供も来ていたりしましたよ。それがいない」
「で、本題を話してもらえますか」
「幻覚ですね」
「そうです」
「翌日、前を通ったとき、ふと思ったんです。裏地蔵盆があるんじゃないかって。そして、町内の地蔵盆の時じゃないのに、やっているんです。私が目撃するわけですが、そこに集まっているのは江戸時代の村人や子供でね。そして誰もがモノクロなんです。色がない」
「えーと」
「以上です」
「あのう、それは幻覚ではなく、想像でしょ。または空想」
「そうですが」
「あなたが勝手に想像しただけの現象ですよね。今の話は」
「それが何か」
「ああ、いや、正常でなによりです」

   了



2010年9月21日

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