小説 川崎サイト

 

マンホール茸

川崎ゆきお




 夜中だろう。ちょっとした通りだ。水銀灯で照らされ暗い夜道ではない。
 ちょうど水銀灯でスポットライトのように、それを浮かび上がらせている。
 マンホールから上半身だけを出した人物がいる。
 マンホールは道路の真ん中にある。朝まで車が通らないような道ではない。
 よく見るとマンホールの上で座っているのだ。その人物が。
 お坊さんのようだが着ている物が違う。布一枚巻き付けた程度だ。シーツのようなものだろう。
 マンホールがちょうど座布団のように見える。鉄の座布団だ。
 その横に歩道があり、そこにも、その小型がいる。マンホールも小さく、座っているお坊さんも小さい。小坊主だ。
 さらに遠くを見ると、同じように坊主が生えている。
 つまり、周辺のマンホールに、虫でも付いたかのように坊主が沸いているのだ。
 妖怪探偵はそれをインターネット上のブログで見た。画家が描いた絵なのだ。
「あれは、どういうことですか」
 妖怪探偵は画家を訪ねた。古びたアパートの一室だ。
 画家は、答える前に名刺を見ている。
「妖怪探偵?」
「はい」
「はいじゃないでしょ、はいじゃ」
「何か?」
「冗談は、私には通じない」
「いや、妖怪探偵とは、まあ、妖怪を調べる職種でして……」
「そんなもの、あるか!」
「あるんです。それでお聞きしたくて」
「絵を買いに来たんじゃないのかね」
 妖怪探偵が見たブログはショッピングサイトのようなもので、画家が絵を売るために作ったらしい。
「あれは実在しますか?」
「あれって、何だね?」
 妖怪探偵はマンホール坊主の写真をプリントアウトして見せた。
「ああ、これかい。これは想像だよ。絵なんだから」
「こういうマンホール茸のようなお坊さんを見たわけではないのですね」
「当たり前じゃないか」
「では、そのイメージはどこからきたのでしょうか」
「思いつきだよ」
「これって、妖怪ですよ」
「知らない。そんな意味で描いたわけじゃない。私は妖怪画は描かない。面白いイメージだから描いただけのことだよ」
「それは残念」
「君は妖怪を探しているのかね」
「はい」
「食えんだろ」
「はあ」
「誰かに頼まれたのかね」
「いいえ、自発的に」
「どうして、食べてるんだ」
「ああ、それが問題でして」
「私も絵では食えない。誰も買ってくれない。だから、こうして奇抜な絵を無理に描いて、客を掴もうとしているんだが、反応は君だけだ。しかも買いに来たわけじゃない」
「似てますねえ」
「似ていない。私は正業だ」
「はあ?」
「はあじゃない。ふつうの画家だよ。だが君の職種は存在しない」
「ああ、なるほど」
「大丈夫かね、君」
「心配をかけて、申し訳ありません」
「妖怪を見つけても金にはならんだろ。それに第一妖怪などいないでしょ」
「いえ、いるかもしれません」
「いたとしても、君はそれをどうやって金に換えるのかね」
「ああ、だから、僕の場合、職業ではなく、趣味です」
「あ、そう。じゃ、ご苦労様。ここには妖怪はいないから、もう帰りなさい」
「何か、手がかりが得られると思ったのですが、イメージでしたか」
「画家のインスピレーションだよ」
「その絵、売れるといいですねえ」
 画家は答えない。
 妖怪探偵はすぐに部屋を出た。
 その後、妖怪探偵は夜道を行くびにマンホールを気にした。
 しかし、坊主が生えたように座っている姿は見かけない。
 当然のことだろう。
 
   了


2010年9月24日

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