夜が見る夢
川崎ゆきお
「夜は夢を見る」
「夜に夢を見るのではないですか?」
「いや、夜は夢を見るのじゃ」
「ポエムですか」
「わしは詩人ではない。祈祷師じゃ」
「怪しいですねえ」
公園の夜。二人は会話している。
どちらも、この公園での滞在時間が長い。だいいち夜の公園に立ち寄ること事態ちょっと変なのだが。
「では、夜はどんな夢を見るのですか」
「夜が見ている夢の中に、たまには入り込んでしまうことがある。不思議な夢じゃよ」
「祈祷師さん、それはあなたが夜の公園で眠っているとき見た夢なのではないですか」
「いや、わしは起きている。夢を見ておるのは夜だ」
「その夜はどこにいるのです。寝ている夜は?」
「夜はここにおる。今は昼ではない。夜は夕方の次に来ておる。そして朝には去って行く」
「それは、地球の自転の関係で、夜と昼があるだけじゃないのですか」
「その通り夜は来る。夜が去るのもその通りだろう」
「だから祈祷師さん、夜を動物のように言うから妙なんですよ」
「しかし、夜は訪れる」
「それは、言葉の使い方だけですよ。夜の訪問者はいますが、夜は訪問しませんよ」
「では、言い直そう。闇は夢を見る」
「そうきますか」
「闇は昼間にもありますよね。映画館など真っ暗にできますしね」
「しかし、夜はそんなことをしなくても暗くなる」
「でも月が出ていると明るいですよ。真っ暗闇じゃありません」
「細かいことを言うでない」
「はいはい」
「夜は夢を見る。これが大事なのじゃ」
「よくわかりませんが。主体がないのに、夢を見るようなことはないと思いますよ。また、眠らないと夢は見られないでしょ」
「夜そのものが眠りの時なのじゃ」
「でも、夜行性動物、夜は起きているでしょ」
「いちいち逆らうでない」
「はいはい」
「夜が見る夢の中に人が入り込んでしまうことがある」
「だから、その原理がよく理解できません。納得できないですよ。だから、その先の話も、眉唾に聞こえそうなので」
さすがに話の腰を折られまくったのか、祈祷師は黙ってしまった。
「それより祈祷師さん。寒くなってきたらここも寝にくくなりますよ」
「いやまだ大丈夫じゃ。真冬でも何ともなかった」
「それで、商売の方はどうですか」
「長くここにいると、客がつく。たまに祈祷に行くこともある」
「そのとき、夜は夢を見る……の話はうまく通じるんですね」
「ああ、祈祷師として見てくれるからのう。素直に聞いてくれるよ」
「じゃ、僕は場所替えします。もう少し南へ移ります」
「ああ、涼しくなってきたからのう」
「じゃ、お達者で」
「お互いにな」
了
2010年9月27日