小説 川崎サイト



神隠し

川崎ゆきお



 牛島はやることがないので、道路脇の崩れたブロック塀に腰掛けた。まだ老人と呼べる齢ではない。
 ブロック塀の上に金網の柵が乗っていたのだろうが、そこだけが壊れていた。
 柵の中は駐車場になっている。
 牛島は座れそうな場所ならどこでもよかった。
 家から少し離れている。近すぎると顔見知りに出くわすからだ。ここなら見知らぬ人が通り過ぎるので、それを見ているだけでも退屈しない。
 梅雨の晴れ間に湿った体を乾かしたいという理由もある。
 小一時間ほど経過した。
 通り過ぎる自転車や自動車、そして通行人を見ているだけでも間が持った。
 みんな何かをしている。用事で移動しているのだ。
 渋滞で車が止ってしまうことがある。そういうとき車内を見ると、やっと運転手の顔やその表情が分かる。走っているときには車そのものの表情だけしか印象に残らないが、こうして眺めていると、人柄や生活まで伝わってくる。
 牛島は本当にやるようなことはもうない。自分で何か用事でも作ればいいのだが、もう社会は牛島の力を求めていない。
 特に力持ちではないが、土木作業員独自の筋肉の付き方をしている。
 腰を痛めてから、もう現場には出ていない。
 今は、そういうことも考えなくなり、何もしないで暮らしている。
 さすがにブロック塀の腰掛けでは尻が痛くなってきたのか、牛島は立ち上がった。
 そこに座って、じっとしていることに飽きたわけではない。
 そして別の場所で座り直そうと歩きだした。
「牛やん」
 トラックの運転手が声をかけた。
 いっしょに働いていた仲間の服部だった。
「暇やったら来てや、突貫工事やねん」
 牛島はちょっと嬉しい気持ちになった。まだ自分を必要としている人間がいたからだ。
 牛島はトラックの助手席に飛び乗った。
 そして牛島は消息を絶った。
 息子夫婦が捜査願いを出した。見つかったのは三日後で、あの崩れたブロック塀に深夜座っていた。
 これを神隠しの一種だとは、誰も言わなかった。
 
   了
 




          2006年6月17日
 

 

 

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