小説 川崎サイト

 

仙女祭り

川崎ゆきお




 昔の商人御宿のようなうらぶれた旅館で探偵は話し込んでいる。長逗留の漢方薬屋だ。都会では売れないが、へんぴな土地では、そこそこ売れるらしい。
「その話が事実なら行ってみたいなあ」
 薬の話ではなく、妙な村がこの先にあるらしい。
「因習が残り、村は閉ざされておる。まあ、誰も立ち寄らんような地系だし」
 薬屋はうぐいす餅をほうばる。髭にきな粉がついている。
 食べている間、薬屋は喋らないので、妙な間が空く。
 探偵もうぐいす餅に楊枝を突き刺す。
「それじゃ落っこちるよ。この楊枝は細くて短い。あの和菓子屋は手を抜いておる。まあ、楊枝付きなのはいいのじゃがな」
「それで、その村の話なんですが」
「村には古い家系が二つあり、いろいろ問題を起こしておるようじゃ。吉原家は神社で、龍堂家は寺じゃ。二家とも、元は同じ家。檀家と氏子の争いかな。しかし、村人は寺の檀家でもあり、神社の氏子でもある。それだけなら、問題はない。よくある構図じゃ。ところが、そこに三つ目の家が入り込んだ。山から下りてきた一族でな。山の民じゃよ。これが妙な信仰を持ち込んだ。土着信仰というより、山岳信仰かな」
「じゃあ、都合三つの家が三つ巴の争いを大昔から繰り返しているということでしょうか」
「いやいや、殴りあい、殺し合いをしてきたわけじゃない。もっと湿った争いじゃ」
「その第三の家、山から来た家って、何ですか?」
「平家の落人伝説とも絡んでくる」
「じゃ、その山の民とは落ち武者ですか。武士でしょ。平家の」
「まあ、それは山住まいの連中の作り話かもしれんが、仙術を心得る連中のようじゃ。仙女信仰があってのう。それが、寺と神社の間に割って入ったことになる。お寺さんが山の一族の娘を嫁にとった。それが神社は気にいらんようでな。神社の吉原家は衰退していったのは、そのためだといわれておる」
「複雑ですねえ」
「因習というのは、この仙女信仰じゃ。これがエロチックな信仰でな」
「それで、事件か何かは」
「さあ、内々ですませるのじゃろうなあ。何かあったとしても」
「行ってみたいですねえ」
「今年も、仙女祭りが近い。また犠牲者が出るかも……あ、余計なことを言ってしまった」
 薬屋は二つ目のうぐいす餅を指で持ち上げた。
 探偵は翌日旅館を立ち、バスを乗り継いで、山奥の村へ行った。
 しかし、もう何年も前に廃村になっていた。
 
   了



2010年10月4日

小説 川崎サイト