小説 川崎サイト

 

トップとビリ

川崎ゆきお




 昼間なのに車道に車がない。
 白石は不思議な空間を見た思いになる。
 このまま確かめないで通過すれば不思議な光景を見たことになり、謎のまま棺桶までいくだろう。ただ、それを思い出すようなことはほとんどないだろうが。
 人が歩道に出ている。それも一カ所ではなく、道路沿いにポツンポツンといるのだ。
 白石はここでもう謎が崩れた。確認するまでもなく、それはマラソンなのだ。
 車が通過し、やや遅れて白バイが続く。そしてトップランナーが走っている。
 あっという間に白石の前を通過していった。やや遅れて後続のランナーが続く。
「おや、白石君もマラソン見学かい」
 同じ予備校に通う黒田が声をかける。
「いつも思うんだけど、優勝するのは一人だろ」
 黒田は皮肉屋なので、白石はまた始まったと思った。
「これ、社会人マラソンだろ。優勝しないとオリンピック候補にはなれない。十位以下の選手はどんな気持ちだろうねえ。五十位以下も気になる。マラソンランナーとして成功できないじゃない。初マラソンでも五十位は遅いだろ」
「でも、出場できるだけでも凄いんじゃないかな」
「どう凄いの。五十位以下だぜ」
「そのチームでは三位ぐらいに入っているんじゃないかな。チームじゃ上位だよ」
「下には下がいるって、ことか」
「この大会に出場できたのだから、実力者だよ」
「それでも、五十以下じゃマラソンランナーとしちゃあ低レベルじゃないか。オリンピックに出られないし」
「まあ、そうだけど、彼らがいないとトップもいないだろ」
「え、どういうこと?」
「一人で走るわけにはいかない」
「つまり君は、その他大勢がいるからこそ、トップランナーが引き立つって、言いたいの」
「いや、トップランナーを作っているのは、その他大勢だよ」
「そんなことないよ。その他大勢もトップを目指しているわけで、盛り立て役じゃないよ」
「でも、ほとんどの連中は、その他大勢だよ。僕も黒田君もそうだろ」
「まあなあ、二浪じゃ何も言えないなあ」
 やがて、ラストランナーが走ってきた。
「親しみを覚えるなあ」黒田が呟く。
「でも、ビリはイヤだなあ」白石がいう。
「でも、あのビリ、チームじゃエースかもしれないんだろ」
 沿道の声援は、トップランナーよりも賑わっている。
「その手もあるか」白石が楽しそうにいう。
「ああ、悪くないねえ」
 二人は声援を送った。
 
   了


2010年10月5日

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