小説 川崎サイト

 

秋祭り

川崎ゆきお




「秋祭りの頃だった」老人が語り出す。
「村の若い衆が御輿を担ぐんだ。かなり重くてね。本当に肩で担ぐ。引っ張る山車じゃないよ。担ぐんだよ」
「御神輿の話でしょうか?」
「いや、そうじゃない。祭りが終わってからの話じゃ」
「後の祭りとか……」
「まあ、そういう冗談もいいがね。最後まで聞きなさい」
「はい」
「村の鎮守の秋祭り。つまり、収穫が終わり、神様に感謝するための祭りじゃ。神社の境内は賑やかでな。御輿が出たり入ったりする基地のようなものかな。村の主だった者がお旅所に集まってな」
「お旅所?」
「臨時の基地のようなものじゃよ。御輿を仕舞う倉庫の前にテントが出ておった」
「やはり、祭りの話なんですね」
「まあ聞け、子供の話じゃ。つまり、子供たちは縁日が目的でな。境内の露店目当てじゃよ。パチンコ台や輪投げ、それに町では売っておらんような玩具など」
「先生もよく行かれたのですか」
「これは私の話じゃなく、友人の話だが……」
「そのお友達の話が本題ですね」
「そうじゃ」
「やっと怖い話になるのですよね」
「さあ、それは保証できんが、ある秋の日、彼は笛や太鼓の音で秋祭りを知った」
「村の子供じゃないんですね」
「そうだ。村から少し離れた新興住宅地の子供だ」
「村にとってはよそ者ですよね」
「その方面の話ではない」
「はい」
「二年ほど前から彼は秋祭りの縁日に行きだした。それを知る手がかりは、笛や太鼓の音じゃ。例の御輿が練り歩いておるので、聞こえてくるのじゃ」
「はい」
「ああ、今日は秋祭りか、と彼は毎年音で知る」
「原始的ですねえ」
「それで、行ってみると境内はがらんとしておった」
「祭りなのに」
「一つだけ店が出ておってな。玩具を売っておる。その親父と彼は目を合わせてしまった。まあ、そこしか店は出ておらんのだから、寄るしかない。彼は、魔法のトランプセットを買った。まあ、手品のタネだな」
「それだけの話ですか」
「縁日が立つのは一日だけでな。祭りは二日ある。彼は二日目に来たのじゃ。だから、露店は出ておらん」
「でも、玩具屋が」
「それだ」
「それが、まさか幽霊とか。幻だったとか」
「彼の話によるとな」
「はい」
「玩具屋も日を一日間違えたらしい」
「はあ」
「売る側も買う側も間違えたのじゃ」
「はあ」
「以上」
「あ、はい」
 
   了


2010年10月10日

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