小説 川崎サイト

 

偉いさん

川崎ゆきお




「おや、山田さん。うどんですか」
 高橋がうどんコーナーから出てくる山田に声をかけた。
「素うどんじゃ何だから揚げ物を入れたよ。すると結構いい値段になった」
 山田は満足そうにいう。
「うどん腹じゃ、すぐに腹が空くでしょ」
「あとで、パンでも買って食べるつもりですよ」
 二人は、グルメコーナーのベンチで腰掛けた。
「食べたあと、動くとしんどいですから」と、山田。
「いや、山田さん、動いた法が胸焼けには効きますよ。食後すぐに軽い運動をすれば、血糖値、下がります」
「高橋さん、お食事は?」
「これから牛丼を食べに行きます。ここにも牛丼はあるけど高いでしょ」
「うどんも高いですよ。立ち食いですませりゃよかったんだけど、遠いのでね」
「効率が悪いでしょ」
「何の?」
「高いうどんを食べ、そのあとまたパンを食べる」
「ああ、そのことですか。ちょいとうどんが食べたくなったので、食べただけですよ」
「僕は牛丼です。安いです。ご飯と肉。これ、うどんよりいいですよ。炭水化物とタンパク質、効率よい食事です。それにうどんより安いんですよ」
「牛丼ですか。聞いただけで胸焼けしますよ」
「あ、そう。でもそんなにしつこくないですよ。それより、この牛丼一食で晩ご飯は完結します。非常に安価にね」
「すると何ですか、私がうどんを食べたことを批判、もしくは非難しているのですか」
「そんなつもりはありませんよ山田さん。ただ、参考までに話したまでですよ」
「でも、悪く聞こえるねえ。私が何か非効率な、非合理的な食事をしているように……」
「高くつくし、栄養価も低いことをいってるんですよ。うどんとパン、重なってるじゃありませんか」
「パンは安いですから」
「どうせ、菓子パンでしょ。甘い」
「ジャムとマーガリン両方入ったコッペパンのようなやつですよ」
「それじゃ、ますます胸焼けしますよ。牛丼の方がよほどあっさりしてますよ」
「じゃ、うどんを食べちゃいけないのですか」
「そんなこといってませんよ。健康と経済性についての一般論です」
「これは、私の嗜好の問題です。さらにいえばライフワークの問題です……」
「当然それに干渉するつもりはありませんが、夕食時、うどんを食べ、腹がまた減るからあとでパンを食べるというのはいかがなものかと……」
「ふつうじゃないですか」
「それもまた選択肢の一つですか」
「熟考の上選択したわけじゃないですよ。好きなときに好きなものを食べる。それでいいじゃないですか」
「それはまあ、そうなんですがね」
「だから、私はあなたが牛丼を食べね行く事に関し、何もコメントしないでしょ」
「関心を持っていただきたかった」
「私は牛丼には興味はないんだ」
「でも、そんなお金の使い方をすると、また月末困るんじゃないですか。牛丼だけにすれば、余裕のヨッチャンです」
「いや、月末になれば小麦粉を買ってきて、それを焼いて食べます」
「お好み焼きですかな」
「紅生姜しか入れませんが。安上がりですよ」
「あ、そう。まあ、それも一つの方針でしょう」
 山田はまだ胸焼けがするからといってベンチから離れない。
 高橋は「じゃあ」といいながら牛丼屋へ向かったようだ。
 二人は年とってしまったが、以前は同じ会社の偉いさんだった。
 
   了


2010年10月13日

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